2026夏「こえのわ」イベント決定!

プロジェクト始動!!

プラットフォームデザインlabがずっと続けてきた活動、舞台と子育てにまつわるオンライン座談会。

座談会で参加者の皆さんとお話しする度に、同じ境遇の人同士でつながること、自分の気持ちを言葉にして外に出すことが、生活していく上でとても大切なことだと実感します。

そして同時に、「子育て」は子どもを持つ人だけの話ではなく、舞台芸術の現場での創作や働き方、また他者や互いを知りあう関わり方を考えることにもつながるテーマだと感じています。

よりたくさんの方とその思いを共有したいという気持ちから、今年の夏は対面で!対面で座談会イベントを開催します!

しんどいこと、大変なこと、笑っちゃうこと、聞いてみたいことなど、とにかくみんなでおしゃべりしましょう!会って、話して、笑って、「そっか」と気づいて、そして少しでも明るい気持ちになれるような、そんなイベントを目指して鋭意企画中です。

もちろん!お子さんとご一緒にご参加ください。親達が座談会をしている間、子どもものびのび楽しく過ごせるよう、あらゆる過ごし方をご用意します。この夏、大人も子ども一緒に、どうぞ遊びにきてください!

開催日:2026年8月9日(日)

会場:森下スタジオ(都営新宿線、都営大江戸線 「森下駅」)

助成:公益財団法人セゾン文化財団

イベント情報は随時更新していきます。SNSもチェックをお願いします!

Instagram

X

facebook

note

親子観劇 うまくいかなかったレポ

お世話になっております。

突然ですが、親子観劇がうまくいかなかった話しを聞いていただけますか。

先日、うちから車で1時間ほどの場所にある国営の公園内で、子ども向け演劇フェスティバルをやるという情報をキャッチしました。チラシのラインナップを見ながら、「これを観たい」「これも観せたい」「ということはつまり○時に家を出て…」とわくわくしながら色々計画を考え、当日を迎えました。

家族4人で行きましたが、予想外にフェスティバル会場の駐車場が閉鎖されており、駐車場迷子に。当日たまたま市のマラソン大会が行われており、フェスティバル会場がぐるりと交通規制されており、近づけない状態でした。近隣パーキングもいっぱい。

土地勘の無い場所だったので駐車場を探しているうちに、目当ての公演時間が過ぎてしまいました。焦る大人。ぐずり出す子ども達。もう1時間以上車に乗っているので無理もありません。

やむを得ず車を夫に任せて、子どもと私だけ降りてダッシュで会場に向かいました。走る親子。迷う道。規制のせいで近づけない少し遠くにいる誘導のおじさんに大声で会場入り口を聞きました。

やっと着いたと思ったら、会場の入り口には常設の工作ワークショップエリアがあり、子どもの目がそこに釘付けになってしまいました。

その工作エリアはフェスティバルの一環ではなく、もともといつも子ども向けに工作ワークショップができるエリアとして設けられており、子ども二人はまず目に入ったそこに入りたがってしまいました。

「え!演劇を観に来たんだよ!演劇観ようよ!」と言っても、もう目に入ってしまった工作に釘付けで、目に見えない「えんげき」にはまったく興味を示さず、「いやだ。みたく無い。作りたい。」と言われてしまいました。

今ここで機嫌を損ねると後が大変かも、と思い、取り敢えず工作エリアに入りました。

そしてその後も何度か「お願いだから演劇を観よう」と誘いましたが、子どもはどんどん工作に夢中に(とても充実した工作エリアでした笑)。

「ここまで来て嘘でしょ」と思いましたが、でもしかし、そもそも今日は子どもの為に来たのだから、子どもが演劇より工作が良いと言うならもう工作でいいか…、と思い直し、私も一緒に工作に。

車を停めてあとから来た夫も、何も言わずに一緒に工作をしてくれました。

工作がひと段落して、やっと長男の気持ちが他に向いてきたので、二人で観劇エリアへ。その時間にやっていた演劇を後ろからそっと二人で観ましたが、結局途中退室しました。

後から入ったので観づらい場所だったことと、途中からだったのでストーリーに今ひとつ入っていけないことから、長男に「もう(観なくて)大丈夫。」と言われてしまったからです。

私も、「確かに来たし、観た。うん。」と自分に言い聞かせ、静かに会場を後にし、あとは建物のまわりの広い広場を子ども達と走り回って帰りました。

結局子どもは楽しんでくれたし、いつもと違う体験ができたんだから、良かったじゃん!と無理矢理自分に言い聞かせましたが、やっぱり演劇って、その時その場所でしか観られないから、それを子どもと一緒に「わあー」って観たかったんだよ、私は…!という残念な気持ちでいっぱいになってしまいました。

子どもとの観劇、みなさんはどんな経験がお有りでしょうか。

「ようわからんけど、よかったねえ」が起きる街

東京から、兵庫県北部に移住して丸6年が経ちます。

2020年。5月末に引っ越し予定だったのが、「可能な範囲での登園自粛の検討へご協力ください」という保育園の張り紙を見て、驚愕。緊急事態宣言で首都圏が半ばパニックになる中、夜逃げするように移動しました。

コウノトリがいる近所

思い返してみても変化が多すぎて、枚挙にいとまがありません。

6年経てば、保育園児だった子は小学六年生。子供の状況も環境も変わったし、自分の仕事も生活も変わったので、この変化を振り返るのはなかなか骨が折れました。

今回は、私がこの6年間少なからず時間を費やしている演劇祭と地域の話をさせてください。

出産前は舞台監督として幾つかの公演やツアーで活動してましたが、第一子出産後は当たり前のように現場から離れてしまいました。第二子が2歳になる直前に移住し、スタートしたばかりの演劇祭で主にフリンジ部門の立ち上げに参画。コーディネーターとして毎年アーティストと地域との調整を行っています。

期間中は、とにかくたくさんの団体が来て、次々調整して立ち会って送ってという日々。正直「仕事と生活が両立できてる!」とは言い難いですが、よかったなと思う瞬間ややっと乗り越えたかなと感じることも増えてきました。

特に昨年見た景色は、ちょっと心に残ってます。

担当したアーティストを自宅近くの公園で迎えることとなりました。徒歩3分で会場です。

公園ではキャンプ椅子に座ったり、立ったままのお客様に囲まれて、ダンサーが踊ります。

雨が降ったり止んだりする中、ご近所のおばちゃんと一緒にパフォーマンスを鑑賞。「ようわからんけどねえ、よかったねえ」といいながら、おばちゃんは自転車のカゴからさつまいもを取り出して、「畑で取れたから」と私に手渡しました。

近くの雑貨屋を営む夫婦も、ちょっとしたスキマで見にきましたとお店に戻る。

翌日には、”平日は誰もいない、天気のいい休日に子供たちがやってくる”いつもの公園に戻りましたが、こんなことが家の近所で起きたことは私にとってはちょっとした奇跡のように思えました。

演劇祭を終えると、「かあちゃん、えんげき祭のしごとおつかれ様でした」と子供が手紙をくれました。街のあちこちで行われる小さなイベントのいくつかに、どうやら親が関わってるらしいことにも気づいてくれています。それをどう感じているかはわかりませんが、少なくとも「なんか知らんところでわけわからん仕事をしてるわけではない」と理解してくれてるのかもと思っています。

こう考えられるようになったのは、移住したからなのか、子供が大きくなったからか、仕事が変化したからか、それとも私の受け取り方が変わったからなのかは、ちょっとわかりません。6年間全てがこんな穏やかでは決してなかったですし、特に前半の3年間は地獄すぎて思い出せません。

きっとこの先も全てが穏やかではないでしょうけど、「ようわからんけどねえ、よかったねえ」な出来事が少しでも増やせればいいなと思ってます。

おばあちゃんがくれた花

近所のおばちゃんは今日も、ピンポンは押すけど気づいたら玄関のドアを開けて入ってきます。「菖蒲かなんかわからんけど」といいながら、蕾のついた花を持ってきてくれます。いまだに「マジか!」と衝撃を受けますが、向こうからしたら謎のパフォーマンスを公園でやるのだって「マジか!」くらいの衝撃でしょう。お互い様っぽいです。

ありがたいことに今年も演劇祭を開催できるようです。国内外に限らず本当にたくさんの応募をいただき、すでに選考だけでも大忙しです。

今年も、公園だけでなく、そんなとこでやれるんかいなという会場でできるように準備を進めています。

もしも、「え、どんなことになってんの」と気になる方がいらしたら、兵庫県の日本海側までお越しください。ええそうですよ、兵庫県には日本海側があるんです。ご案内します。

手を貸す

手を貸す。

慣用句としての意味は「困っている人を助ける」こと。

だけど、育児においての「手を貸す」は、文字通り「手」を「貸す」ことでもある。

幼子との生活は、手がいくらあってもいいんだと知ったのは、ある家族のところへ通うようになってからだ。

2019年にゆうめいという団体の『姿』という作品に出演し、わたしはそこで「母」という役を演じた。作演出を手がけた池田くんのお母さんがモチーフになった役で、2019年にも再演をし、さらに2021年には『娘』という別の作品でも同じく「母」を演じた。

当然だがわたしは池田くんの母ではない。

ない、けど、じゃあ赤の他人か、というとなんかもうそんなこともないんじゃないか、という気もしてくるくらいに、「母」の役はわたしの生活に入り込んできてしまった。

話を戻して、「ある家族」とは池田くんとパートナーのりょこちゃん、そして3人のかわいい子どもたちのことだ。

わたしは自らのことを「ジェネリックおばあちゃん」と名付け、池田くんが稽古や本番でワンオペが続くときは「ジェネリック義理の娘」であるりょこちゃんのお手伝いをしに池田家に通うようになった。

池田家に通うようになって、育児なんてしたことない「育児素人(アマ)」でも自分の2本の手があらゆる瞬間に役に立つことがわかった。

おむつは替えられなくても、おむつ替えの瞬間に(なぜか)動き回りたがる赤子の足を押さえておくことはできる。

お風呂に入れられなくても、風呂上がりに(なぜか)着替えから逃げ回る赤子を捕まえることはできる。

それらのことをしているときに、さらに別の子どもに飲み物が欲しいと言われれば水をあげることもできるし、そのコップを倒しそうになる瞬間にキャッチすることもできる。

もう一本手があればいいのに。

育児をしていない人が、赤ちゃんや子どものお世話なんて何をしたらいいかわからないのは当たり前のことだ。でも、一つ一つの作業をさらに解体していった先に「手を貸す」が必ずある。手なら貸せるじゃん、そう思った人はぜひどんどん貸してみたらいいと思う。

育児中の方でそう思ったことのある人は多いだろう。
だからわたしは「手」を「貸す」。

子どもがいると、様々なことがスムーズにいかない。
トラブルとアクシデント続きだ。それがどれほどのものかというのは、わたしの想像を遥かに超えていた。

ある日のこと。りょこちゃんと一緒に、3人の子どもを児童館に連れて行った。
「暗くなってきたからもう帰ろうね〜。」そんな声かけも虚しく、何をどうやっても児童館の玄関から動かない子ども。
ああもう詰んだ、と思ったそのとき背負っていたリュックの底に食べていなかったくしゃくしゃに潰れたパンを発見した。
「ほーら、パンだよ〜〜!」
そう誘導してベビーカーに乗せて一目散に児童館を飛び出した。駅まで歩く道すがら「もっとパン食べたいよー」とせがむ子どもに、「ゆらこさんは道が暗くてパンが見えないんだーごめんね!」と言って誤魔化し続けた。

駅のホームで子どもたちに一口ずつパンをあげた後、あまりの空腹に耐えかねたわたしは「もうパン無くなっちゃったよ〜」と言ってこそこそしゃがんで食べた。
りょこちゃんは笑いながらそんなわたしの写真を撮っていた。

「奇跡のパンだ!」と言って二人で大笑いしたあの夜のことを、わたしは何度だって思い返して笑える。

一人だったら悲劇でも二人なら喜劇になる。
あの児童館の帰り道、もし一人だったらなかなかの悲劇が生まれていたんじゃないだろうか。

手を貸すだけで悲劇が喜劇になるなら、わたしはいくらだって手を貸したい。

そして、手を貸していたらいつの間にかおむつを替えられるようになったり、子から手を握って一緒に歩いてくれたりするようになる。

最高に幸せである。

往復書簡① 小1生活、最初の1ヶ月どうでした?

ゆいさんへ

小学校生活が始まりましたね。

入学前から「やることが多そうだな」とは思っていましたが、実際に始まってみると、想像以上に親が学校に行く機会が多い1ヶ月でした。

娘の通っている学校の場合は、

・事前保護者会が2回
・入学後も保護者会・面談が続く
・登下校の付き添いもあり

働きながら予定を調整するのは大変ですが、その分、学校からの情報はかなり多い印象です。

ただ、不思議なのは、これだけ情報があるのに「わからないことはわからない」という感覚が残ることです。

保育園のように毎日先生(大人)と顔を会わせる機会のある生活から一変して、
宿題や、翌日の持ち物は、子どもの記憶頼り・・・
「今日何か言われた?」と何度も聞いてしまう日々です。
「忘れた」と言われる日もしばしばです。

情報が多い安心感と、日常の細かい不確かさ。このバランスにまだ慣れないまま過ごしています。

そちらはどんな感じですか?

ーーーー

愛さんへ

お手紙ありがとうございます。誰かと手紙のやり取りをするのは本当に何十年ぶりで、とても懐かしい、嬉しい気持ちになりました。

それもこれも小学校入学から1ヶ月経ち、本当に、やっと少し落ち着いてきたからこそ、実感することができるのだと思います。

息子の通う小学校は、愛さんの小学校のように親が実際に学校に行くことはまだ少ないですが、なんだか気が張り詰めてしょうがない毎日を過ごしていました。

入学式の日にもらった、道具箱・算数セット・教科書・ノート・通学帽子やランドセルカバー、それらすべての怒涛の名前付けに縫い付け作業。

手紙とアプリで配信される、持ち物、連絡事項、各種締め切り。

小学校への送り迎えはいつまで続けるのか、GPSを持たせるべきかなどの悩みや、学校からの持ち帰り品の確認、宿題、明日の持ち物確認などなど…。

『小1の壁』経験談は事前に色々聞いていたけれど、いざ自分が渦中に入ると「こんなに大変なの?!」と驚きが隠せません。

「なんで宿題持ち帰ってきてないの?!」

「この朝顔の種は何?!学校用?家用?!」

「毎日ノートがない!明日の持ち物がわからない!」

※毎日ノート…うちの小学校のやり方で、週間の時間割や持ち物、宿題が書いてあるノート。これがないと詰みます。

などなど、毎日のようにパニックです。

ただ、私が手を出しすぎてはいけないな、あんまり先回りして心配し過ぎてはいけないな、とも思っています。息子が学校で困らないようにと、過剰に心配しすぎている自分がいるのですが、もっと大らかに息子を見守って、息子のやることを信頼して、多少失敗しても「まあ大丈夫だよ」と言える親になりたいです。

しかしどうも心配が上回ってしまい、心配性ソワソワ母さんがやめられません。私もまだまだ不慣れな日々を送っています。

ところで、愛さんに聞きたいことがいろいろあります。

入学前にやっておいて良かったことはありますか?まだ入学して間もないですが、何かあったら教えていただきたいです。

【終了しました】感じることから始まる、未来へのエコアート ボロンボロン


~~~~~~~~~~

だれにも気づかれずにすてられたゴミたちが、
ある日、そっと旅に出ます。

風に押され、光に誘われ、
知らない世界の美しさにふれながら、
自分たちの価値をもう一度たしかめていく物語。

この作品は、環境問題を“教える”ためのレクチャーではありません。
子どもたちがゴミたちと歩きながら、
「もし、ものにも気持ちがあったなら」
そんな小さな問いを胸に灯すための物語なのです。

ごきげんおでかけ/2つのおたのしみ!
①    Stage(演劇公演)40分
「ボロンボロン」
2人のキャストが、さまざまな“ゴミたち”へと姿を変えながら物語を紡ぎます。
使われなくなった素材から生まれた衣裳やオブジェ、
そしてステキな歌や音楽が重なり合い、
子どもたちの想像がふくらんでいきます。

舞台の中の小さな物語が、そっと自分の中へ広がっていく――
そんな豊かな時間を届ける作品です。

②    Workshop(エコアート体験)30分

「やってみよう!エコアート」

使われなくなったものたちに、もう一度そっと触れてみる時間。
ガラクタの中にひそむ“ひみつ”を見つけよう。

子どもも大人も、ものへの想像がふくらんでいく、
そんな参加型のワークショップです。
表現あそびや廃材を使った楽器づくりなど、
その日だけの“ひみつの工房”がひらかれます。

【キャスト】
  下川瑠美
  遠藤百華
【ディバイジングディレクター】
  西上寛樹
【音楽】
  遠藤芳晴
【美術】
  いしげしょうこ
【ワークショップ監修】
  西脇さやか
【企画制作】
  合同会社ワーキングチーム

「うしろめたさ」と付き合う

自己紹介

大竹ココです。

ユトサトリ。という劇団の主宰で、主に脚本と演出をしています。俳優もたまーにします。

劇団活動は子供が1歳になるまでは年二回ほどのペースで公演を打っていましたが、今はペースダウン。

最近は外部から舞台脚本のお仕事をいただいたり、高校で演技の講師をしたりしています。

短時間ですが、週三回ほどパートもしています。子供が産まれてから先々のことを考え、パート先の雇用保険に入りました。

子供は現在二歳半。やんちゃで甘え上手な男の子です。お喋りが上手になってきて、交渉することを覚えたので日々心理戦です。ハンターハンター。

今の生活について(ここまで惚気)

子供が保育園に行っている時間、子供が寝てからの時間、子供が起きる前の時間に仕事を詰め込んでいて、基本的には保育園のない、日曜・祝日以外は週5~6日稼働しています。

毎日大変ですが、今の生活は結構気に入っています。

出産前は「演劇」「(生活のための)仕事」という二本の竿で釣りをしていたんですが(お、大丈夫か? この例え)、ここに産後は「育児」という竿が加わる。しかもその竿は常時大物がかかっている。三本はさすがに両立できないので、竿を一本捨てた方が現実的だ。生活費は絶対に必要。となると、捨てなくてはならないのは必然的に「演劇」の竿になるだろう、と考えていました。

ですが、今、三本の竿を使いこなしている自分がいるわけです。しかも産前はほとんど魚(金)のかからなかった「演劇」の竿で魚が釣れている。毎日必死ですが、取捨選択しながら、三本の竿をどれも諦めない、自分らしい生活が送れている気がします。

私は頑張っている自分が大好きなので、今の自分が好きだなあと感じます。かっこいい♡

夫も同業者(劇団主宰、脚本、演出など)なので、公演が近くなると育児に参加するのは中々難しいですが、それ以外の時は、保育園のお迎えやら、お風呂やら、協力的でワンオペも安心して任せられます。子供が急に熱を出した時なども、私が仕事に行っている間子供を見てくれる事もあり、本当に助かっています。ありがとう!!

お金持ちではないけれど、自分たちは比較的時間に余裕のある家族なんじゃないかという話を、以前夫としました。仕事柄どちらかが家にいることが多いし。どっちかが忙しい時は、どっちかが息子と向き合い、愛情を注ぐことができているのではないか。もちろん、もっと一緒にいてあげられたらな、と思う土曜保育の朝もありますが、自分が愛されていることを疑わない息子の態度を見るたびに、この生活を選んで良かったと思います。

先日、桜が満開の公園に三人で出かけました。売店でご飯を買って、木陰に座って食べていると心地よい風が吹いて、息子が「あーしあわせー」と言いました。どこで覚えたの?その言葉!!

幸せだなあと思いました。

感じた「うしろめたさ」

「なんだよ、惚気コラムかよ」と思ったそこのあなた。ここからが本題なんです。行かないで。

先日、「こえのわ」を運営しているプラットフォームデザインlabさんの座談会に参加させていただきました(「子育て座談会~俳優・スタッフ一緒に編」参照)。

俳優、スタッフみんなで「子育て×舞台芸術」について語るという企画だったんですが、他の参加者さんに比べ、このトピックについての自分の言葉のなさに驚愕しました(記事を見ると結構喋ってるんですが、喋ってるのと言葉にならないはまた別物で)。皆さんの言葉の端々から、日々、子育てと舞台活動に奮闘しながらもしっかり向き合っている様子が伝わってきました。普段立ち止まって考えていることは、口から、書き物なら手から、解像度の高い言葉がスラスラ出てくるものです。私は今まで子育てと演劇のこと全然考えられていなかったということを身を持って感じました。

「私が子育て演劇人のロールモデルになろうじゃないか!」なんて当初は燃えていたはずなのに。

座談会では、子育てしながら演劇活動することについて、初めて声に出して話しました。初めて。

こんな話していいんだ!みんなの話もっと聞きたい!という嬉しさと同時に、今まではこういう話をしないようにしていたんだな、なぜだろう?という疑問が浮き上がりました。(この気付きを得られたことが何よりの収穫でした。参加して良かった!)

弱音吐いたら負け、じゃないけど、なんというか、子供を育てながら演劇活動をすることに「うしろめたさ」のようなものを感じていて、演劇の現場では「子供を育てています。」ということを公言はしているけど、表面には出さないようにしているというか。座談会ですら、私のような者が子育てについて語るなんて厚かましいのではないか、という引け目を感じながら話している自分がいました。

なぜなのか。

この原因が、座談会でお話した、稽古場で感じた申し訳なさ、プレッシャーに繋がっているのかもしれません(子育て座談会~俳優・スタッフ一緒に編~(前編)参照

結局、このプレッシャーに耐えられる自信がなくて、現場の仕事から距離を置いているところもあると思うのです。

「うしろめたさ」の正体

何が「うしろめたさ」の根源になっているんだろう。ちょっと考えてみました。

(私の心理分析に付き合わせちゃって申し訳ありません。だけどこれ、私以外にも当てはまる方いると思って。)

まず浮かんだのは、出産前後の時期にご迷惑をおかけした演劇関係の方々への申し訳なさです。

当時は人生も仕事も追い込まれていて、多くの方に負担を強いてしまいました。大変申し訳なかったという思いが今もあり、ご迷惑をおかけしてしまった方々には都度お詫び申し上げながら今に至っています。

けれど、それを理由に「演劇をやめるべきだ」とは思いませんでした。むしろその失敗を糧に、同じ過ちを繰り返さないよう、自分の活動スタイルをアップデートすることにしました。

主宰、脚本、演出、プロデュース、助成金申請、その他諸々……元々、かなり無理のある活動を「若さ」「気合」で何とかしていた自覚はあります。いや、何とかなってはいなかった。何とかなったことにしていたという表現が合ってるか。

あの経験は、私にとって「演劇を長く続けていくため」に不可欠な通過点だったとも言えます。

そう考えると、この「うしろめたさ」の正体は、過去への謝罪とはまた別の場所にあるような気がします。

もう一つ思い浮かんだのが、10年近く前、ある演出家に言われた言葉です。

もうずっと忘れていたのですが、子供を産み、演劇の仕事に取り組むたびに、何度も思い出すようになりました。……なんだかこれが根源っぽいので、このまま書き進めることにします。

【終了しました】KAATキッズプログラム2026『さかさまの世界』

◎公式サイト

【横浜公演】https://www.kaat.jp/d/sakasama2026

【川崎公演】https://www.kaat.jp/d/sakasama2026_kawasaki

舞台美術家Aさんの一問一答インタビュー

対象者の紹介

舞台美術家さん(女性)、子どもは一人、5歳

ご自身が仕事で育児ができないとき、育児を誰に頼っていますか

配偶者・パートナー、 実母・実父、 シッター

配偶者・パートナーの仕事を教えてください

グラフィックデザイナー(フリーランス)

家族内におけるご自身が担っている『育児』の割合はどの程度ですか?

7割くらい

家族内におけるご自身が担っている『家事』の割合はどの程度ですか?

5割くらい

仕事の理由から、子どもを持つことに迷いや不安はありましたか?迷いや不安があったとお答えの方はその内容を教えてください

妊娠がわかった時に、先の仕事を受けてしまっていたので、出産後の仕事の調整に苦労しました。またフリーランスで働いていたため、出産後もすぐ仕事が継続できるか不安でした。

子どもを持つことで舞台芸術活動との関わり方、仕事量に変化はありましたか?変化がありましたらその内容を教えてください

幸い0歳から保育園に預けることができましたが、基本的に夕方以降と土日祝日の稼働は夫婦で調整が必要なため、仕事を受ける量は調整しています。

子育てと舞台芸術活動を両方する上で、困難を感じた経験はありますか?もしありましたら具体的に教えてください

子供の体調不良で予定を変更しなければならない時。特にコロナ禍で娘が濃厚接触者になってしまった際にオンラインで舞台稽古に参加することになった時は、こんなこともあるのか…と思いましたが、子供を持つ前よりも仕事の範囲に固執せずに臨機応変に分担したり、委ねたり手放すことができるようになったと感じています。

子育てと舞台芸術活動の両立が困難だと感じた時、どんな情報がほしかったですか?

先輩方の経験談、困難な時の考え方や切り替え方

子育てと舞台芸術活動を両方する上で、どんな環境が理想的だと思われますか

複数のメンバーで情報を共有して、担当している仕事をカバーし合える環境

舞台芸術活動をしている方で、これから子どもを持ちたいと考えている方に対して、何かメッセージはありますか

個人的には、困難さを感じた時は、ひとりで抱え込まずに、パートナーと、仕事仲間と、劇団や主催者と、相談できるような業界にしていきたいと思っています。また少しずつ、理解してもらえる環境が増えてきている感じています。ご自身にとって、家族にとって、舞台芸術の世界にとって、より良い道がどんな道なのか、みんなで考えていきたいです。

ご協力ありがとうございました!