「うしろめたさ」と付き合う
ユトサトリ。主宰、脚本・演出家、演技講師、パートタイマー/大竹ココ
コラム

「うしろめたさ」と付き合う

ユトサトリ。主宰、脚本・演出家、演技講師、パートタイマー/大竹ココ

目次

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自己紹介

大竹ココです。

ユトサトリ。という劇団の主宰で、主に脚本と演出をしています。俳優もたまーにします。

劇団活動は子供が1歳になるまでは年二回ほどのペースで公演を打っていましたが、今はペースダウン。

最近は外部から舞台脚本のお仕事をいただいたり、高校で演技の講師をしたりしています。

短時間ですが、週三回ほどパートもしています。子供が産まれてから先々のことを考え、パート先の雇用保険に入りました。

子供は現在二歳半。やんちゃで甘え上手な男の子です。お喋りが上手になってきて、交渉することを覚えたので日々心理戦です。ハンターハンター。

今の生活について(ここまで惚気)

子供が保育園に行っている時間、子供が寝てからの時間、子供が起きる前の時間に仕事を詰め込んでいて、基本的には保育園のない、日曜・祝日以外は週5~6日稼働しています。

毎日大変ですが、今の生活は結構気に入っています。

出産前は「演劇」「(生活のための)仕事」という二本の竿で釣りをしていたんですが(お、大丈夫か? この例え)、ここに産後は「育児」という竿が加わる。しかもその竿は常時大物がかかっている。三本はさすがに両立できないので、竿を一本捨てた方が現実的だ。生活費は絶対に必要。となると、捨てなくてはならないのは必然的に「演劇」の竿になるだろう、と考えていました。

ですが、今、三本の竿を使いこなしている自分がいるわけです。しかも産前はほとんど魚(金)のかからなかった「演劇」の竿で魚が釣れている。毎日必死ですが、取捨選択しながら、三本の竿をどれも諦めない、自分らしい生活が送れている気がします。

私は頑張っている自分が大好きなので、今の自分が好きだなあと感じます。かっこいい♡

夫も同業者(劇団主宰、脚本、演出など)なので、公演が近くなると育児に参加するのは中々難しいですが、それ以外の時は、保育園のお迎えやら、お風呂やら、協力的でワンオペも安心して任せられます。子供が急に熱を出した時なども、私が仕事に行っている間子供を見てくれる事もあり、本当に助かっています。ありがとう!!

お金持ちではないけれど、自分たちは比較的時間に余裕のある家族なんじゃないかという話を、以前夫としました。仕事柄どちらかが家にいることが多いし。どっちかが忙しい時は、どっちかが息子と向き合い、愛情を注ぐことができているのではないか。もちろん、もっと一緒にいてあげられたらな、と思う土曜保育の朝もありますが、自分が愛されていることを疑わない息子の態度を見るたびに、この生活を選んで良かったと思います。

先日、桜が満開の公園に三人で出かけました。売店でご飯を買って、木陰に座って食べていると心地よい風が吹いて、息子が「あーしあわせー」と言いました。どこで覚えたの?その言葉!!

幸せだなあと思いました。

感じた「うしろめたさ」

「なんだよ、惚気コラムかよ」と思ったそこのあなた。ここからが本題なんです。行かないで。

先日、「こえのわ」を運営しているプラットフォームデザインlabさんの座談会に参加させていただきました(「子育て座談会~俳優・スタッフ一緒に編」参照)。

俳優、スタッフみんなで「子育て×舞台芸術」について語るという企画だったんですが、他の参加者さんに比べ、このトピックについての自分の言葉のなさに驚愕しました(記事を見ると結構喋ってるんですが、喋ってるのと言葉にならないはまた別物で)。皆さんの言葉の端々から、日々、子育てと舞台活動に奮闘しながらもしっかり向き合っている様子が伝わってきました。普段立ち止まって考えていることは、口から、書き物なら手から、解像度の高い言葉がスラスラ出てくるものです。私は今まで子育てと演劇のこと全然考えられていなかったということを身を持って感じました。

「私が子育て演劇人のロールモデルになろうじゃないか!」なんて当初は燃えていたはずなのに。

座談会では、子育てしながら演劇活動することについて、初めて声に出して話しました。初めて。

こんな話していいんだ!みんなの話もっと聞きたい!という嬉しさと同時に、今まではこういう話をしないようにしていたんだな、なぜだろう?という疑問が浮き上がりました。(この気付きを得られたことが何よりの収穫でした。参加して良かった!)

弱音吐いたら負け、じゃないけど、なんというか、子供を育てながら演劇活動をすることに「うしろめたさ」のようなものを感じていて、演劇の現場では「子供を育てています。」ということを公言はしているけど、表面には出さないようにしているというか。座談会ですら、私のような者が子育てについて語るなんて厚かましいのではないか、という引け目を感じながら話している自分がいました。

なぜなのか。

この原因が、座談会でお話した、稽古場で感じた申し訳なさ、プレッシャーに繋がっているのかもしれません(子育て座談会~俳優・スタッフ一緒に編~(前編)参照

結局、このプレッシャーに耐えられる自信がなくて、現場の仕事から距離を置いているところもあると思うのです。

「うしろめたさ」の正体

何が「うしろめたさ」の根源になっているんだろう。ちょっと考えてみました。

(私の心理分析に付き合わせちゃって申し訳ありません。だけどこれ、私以外にも当てはまる方いると思って。)

まず浮かんだのは、出産前後の時期にご迷惑をおかけした演劇関係の方々への申し訳なさです。

当時は人生も仕事も追い込まれていて、多くの方に負担を強いてしまいました。大変申し訳なかったという思いが今もあり、ご迷惑をおかけしてしまった方々には都度お詫び申し上げながら今に至っています。

けれど、それを理由に「演劇をやめるべきだ」とは思いませんでした。むしろその失敗を糧に、同じ過ちを繰り返さないよう、自分の活動スタイルをアップデートすることにしました。

主宰、脚本、演出、プロデュース、助成金申請、その他諸々……元々、かなり無理のある活動を「若さ」「気合」で何とかしていた自覚はあります。いや、何とかなってはいなかった。何とかなったことにしていたという表現が合ってるか。

あの経験は、私にとって「演劇を長く続けていくため」に不可欠な通過点だったとも言えます。

そう考えると、この「うしろめたさ」の正体は、過去への謝罪とはまた別の場所にあるような気がします。

もう一つ思い浮かんだのが、10年近く前、ある演出家に言われた言葉です。

もうずっと忘れていたのですが、子供を産み、演劇の仕事に取り組むたびに、何度も思い出すようになりました。……なんだかこれが根源っぽいので、このまま書き進めることにします。

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☆脚本提供☆

3 CREATORS+5 ACTORS「マルチカラー」

大竹ココ脚本提供 レッドチーム参加作品「タイトル未定」

2026年7月31日(金) ~ 8月11日(火)

@スペースあや

東京都荒川区西尾久4-32-1

尾久駅(JR上野東京ライン、JR宇都宮線、JR高崎線)徒歩約8分

荒川遊園地前停留所(都電荒川線)徒歩約5分