往復書簡⑤ いつから子どもだけで遊べるの?

愛さんへ

9月も過ぎ、なんだかやっと、息子も私も小学校生活に慣れてきたように思いますが、愛さんはいかがでしょうか。

我が家では、小学校から帰る→ランドセルの中身を全部出す→おやつを食べる→宿題をやる→明日の教材準備→自由時間、というルーティンが定着し、息子も何も言わなくても自分からやるべきことをやるようになってきたので、それで落ち着いてきたと感じているのかもしれません。

ただ、新たな悩みの種がちょっと芽を出し始めたので、ここでお話しさせてください。

ここ最近、息子の友達付き合いのことで「むずかしい!」と思うことが増えてきました。

息子はとにかく友達と一緒に過ごすことが楽しいようで、帰ってくるなり「〇〇(友達の名前)とこのまま一緒に遊んでいい?!」とよく聞いてきますが、私はその〇〇の親を知らないんですよね。

うちはいいけど、〇〇の家は大丈夫なの?まずは家に帰った方がいいんじゃない?といつも心配になります。

〇〇は「うちは大丈夫!」と言って遊んでいますが、子どもの言うことを鵜呑みにする訳にもいかないので、なるべく速やかに解散させています。

保育園の頃も友達と遊ぶことはありましたが、当然ながら親ありきで遊んでいたので、親同士の繋がりがなく、子どもだけで遊ばせることの勝手がよくわからないんですよね。

相手の子の親に連絡をしたいけど、連絡先どころか顔すらわからない状況ですし、この先もどうやったら接点をもてるのかよくわかりません。

親の顔が見えない、って結構な不安要素なんですね。それとも私が心配し過ぎなんでしょうか…?

この前も息子から「次の日曜日に〇〇(また別の子)と遊ぶ約束した!地図も書いてもらった!」と言って友達が書いた地図を見せてくれたのですが、とても可愛らしい手書きの地図で、何一つ情報がひろえなくて思わず笑っちゃいました。でもやっぱりその子の親も家も連絡先もわからないから、遊びようがないんですよね。

子ども同士であーだこーだ話しながら、一生懸命地図を書いてくれたんだろうな、息子も嬉しそうだな、と思うと申し訳ない気持ちになってしまいます。

何人かの先輩ママから、「PTAに入ると良いよ!」と言われたことがあるので、試しに登録したのですが、PTA活動が平日の昼間が多いので、仕事で全然参加できないという。。

とにかく最近うちの子は、友達と遊びたい欲求がすごいのですが、そんなこんなであまり遊ばせてやれずです。他のみなさんはどうしてるの〜!とお聞きしたい気持ちです。

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ゆいさんへ

お友達が描いてくれた地図の話、思わず笑ってしまいました。きっと自分の家までの道を一生懸命描いてくれたんでしょうね。子どもたちだけで日曜日に遊ぶ約束までしていたなんて、なんだかかわいいなあ。

でも、親としては困りますよね(笑)。

うちも、お友達と遊ぶときは親が送迎したり、一緒について行ったりすることがほとんどです。保育園の頃からのお友達なら親同士も知っているけれど、小学校で新しくできたお友達となると、私も親御さんの顔も連絡先も知らないことが多くて。子ども同士で約束してきたら、やっぱりどうしたらいいか迷うと思います。

そういえば最近、保育園時代のママ友たちと、ちょうど同じような話になりました。

「1年生って、もう子どもだけで遊ばせてる?」

そのとき集まったメンバーはみんな「まだ親がついていく」派で、子どもだけで遊んでいる子を見るとちょっと心配になるよね、という話も出ました。

一方で、上にきょうだいがいるおうちでは、もう一人で公園や児童館へ行っているという話も聞きます。友達同士で待ち合わせをして遊んでいる子たちもいるようです。

そういう話を聞くと、じゃあ、うちはいつから一人で遊びに行かせるんだろう? と考えてしまいます。1年生が一番交通事故が多い、などの話などを聞くと、ますます心配になるし。でも、いつまでも親がついていくわけにもいかないですよね。

何歳になったら、というより、何ができるようになったら安心して送り出せるんだろう。

それに小学校に入ってから、親の知らない友達や出来事がずいぶん増えましたよね。

娘が入学したばかりの頃は、それが結構不安だったんです。学校でどんなことをしているんだろう、誰と仲良くしているんだろう、嫌なことはないかな、と。

保育園の頃は先生からその日の様子を聞く機会も多かったけれど、小学校ではそういうこともほとんどなくなってしまって、どうしようと思っていました。

でも、最近は少し気持ちが変わってきました。

お友達と一緒にいて楽しそうにしている娘を見ると、私の知らないところで、こんなふうに友達との関係をつくっているんだなあ、と嬉しくなります。

我が家では、学校からいただいたお祈りの冊子を使って、寝る前に一日を振り返る時間をつくっています。話したいことは声に出して話すけれど、話したくないことは心の中で答える、ということにしているんです。

最近は、学校での出来事を聞いても「ないしょ」と言って答えないことが増えました。かと思えば、そんなことがあったの?!と驚くようなことを教えてくれる日もあります。

以前だったら、もう少し詳しく聞きたくなっていたと思うのですが、今は「ないしょ」と言われるのも、なんだか嬉しいんですよね。

もちろん、友達との関係は楽しいことばかりではないようで、悲しいことや悔しいことがあったと話してくれる日もあります。

そんなときは「悲しかったね」「悔しかったね」と話を聞きながら、その出来事をどう受け取ったらいいのか、一緒に考えたりしています。家族がどれだけ娘のことを大切に思っているか、という話になることもあります。

そうやって娘と話していると、不思議と私自身も落ち着くんです。娘を慰めようとして話しているはずなのに、自分が今どんな気持ちなのか、何を大切にしたいのかを確かめ直しているような時間になっています。

ゆいさんのお手紙を読んで、子どもが友達との関係を自分でつくり始めると、親の方も、少しずつ関わり方を変えていくことになるんだなあと思いました。

とはいえ、実際に「日曜日に遊ぶ約束してきた!」と言われたら、私もきっと困ると思います。相手の親御さんと連絡が取れないまま、どこまで子どもに任せていいのか、まだまだわからないことばかりです。

子どもたちは、親が思っているよりずっと先に、自分たちの世界を広げているのかもしれませんね。

ところで、あの地図を描いてくれたお友達とは、その後遊べたんでしょうか?(笑)

夏の日、下町のスタジオにて

「こえのば」オープン!!

江東区森下、下町の雰囲気がただよう静かな住宅地のシックなスタジオが、いつもと違う様子になっていた。

普段はダンスやパフォーマンス、演劇などに利用されている、黒・白・グレーの四角い空間。今日はそこに、大きな段ボールでできた家が建っている。壁と床にも段ボールが貼られていて、家の隣には、本やおもちゃがたくさん。奥にはテントまである。

真ん中のエリアには、模造紙貼りの柱と4つの座談会スペース。その向こうには、ブルーシートを壁と床に貼った2つのワークショップコーナーが見える。壁の鮮やかな青に、白く描かれたいろんな海のいきものたち。なんだか、お祭りの縁日のようだ。

正面にはライトでカラフルに「こえのば」と浮かんでいる。何よりもいつもと違うのは、空間が子どもたちの大騒ぎで満たされているところだ。とにかく自由に走り回って、楽しそうに声を上げている。休日のデパートの屋上や、天気のいい日の公園にいるみたいに。

あちこちの劇場で、子供向けの公演やバックステージツアーはよく企画されているけれど、子どもたちがスタジオでただ遊んでいる、こんな風景を見ることって、なじみ深いようで実は新鮮なのかも。そんなふうに思った。

「こえのば」は、普段オンラインで開催されている座談会をリアルで行うことを中心にしつつ、"大人も子どももごちゃまぜ"で交流を楽しめるように企画されたイベントだ。

「こえのわ」を広げる場所としての「こえのば」というわけで、大人は座談会に参加して交流を深め、その間、子どもは自由遊びスペースで遊んだり、ワークショップに参加したりできる。会場には常に見守りのスタッフがいて、一緒に遊びながら安全を確保してくれているので、大人は子どもに目が届くところで、ゆっくり座談会に参加できるようになっているのだ。

実際のところ、ちゃんと座談会をできるくらい、親御さんは集中できるのだろうか、とか、子どもたちが飽きて帰ろうと言い出したりしたら困っちゃうな、とか、それなりに思うところはあった。まあ、こういうイベントは、本番が明けてみないと分からない。

受付がオープンし、少しずつ来場者が増えるにつれ、会場の空気がゆる~く動き始めるのを眺めながら、のんびりと展開を見守ることにした。

主役はやっぱり子どもたちで、段ボールハウスに飛び込んでいく子、風船を持って走り回る子の元気な歓声をBGMに、お母さんから離れるのが嫌で泣き出してしまう子、マイペースに本棚の本を読みふける子、ワークショップスペースに置いてある材料を「何かやってる…」と遠目から眺めている子と、反応も様々だ。

子どもたちに迷いはなく、ただただ目の前にある遊びに夢中になっている。意外と、大人の方がもじもじしているくらいだ。座談会は4つのテーブルに分かれているので、自分の興味があるテーマのテーブルにお座りください、という案内に従って、少しずつ席が埋まっていく。午前の部は人数が少なめだったため、最終的にテーブルをまとめて自由に話してもらうことになった。

座談会スタート

11時になり、会場に全体アナウンスが流れて、座談会が始まった。

各テーブルにはファシリテーターがおり、司会進行と書記を兼ねた役割を果たしている。座談会、と言っても格式ばったものではなく、限りなくテーマに沿った雑談、という感じだ。

「演者からの視点」「スタッフからの視点」「子どもについて」「作品づくりについて」という大まかなジャンルと、カードに書かれた「子連れで稽古場に行くことについて」「仕事と育児の両立について」等の具体的な話題から、その場で参加者が話したいことをふくらませていくという流れで、自己紹介から会話が始まると、なんとなく、会場の空気が変わったように思った。

不思議と、少し静かになったような、きゅっと雰囲気が引き締まったような。気づくと、歓声を上げて走り回っていた子どもたちは、ワークショップスペースで手仕事に夢中になっているようだった。今思えば、会場のスタッフが上手く誘導していたのかもしれない。恐るべし。

参加者の性別・年代・バックグラウンドは多岐に渡り、いろんな視点や意見がすごい勢いで展開されていく。ときおり、ワークショップで作ったスライムやフラワーボトルを見せに来てくれる子どもたちに和んだりしながら、座談会は静かに熱く進んでいった。

正直、もっとわちゃごちゃな感じで、落ち着いて話をできないタイミングも多いんじゃないだろうか、とうっすら思っていたのだが、座談会は思っていた以上にきりっと「座談会」だった。だって、参加している人たちは皆、「表現者」なのだ。他の人の意見を聞くのも、自分の意見を述べるのも、それは楽しいに決まっている。

その上、テーマは自分が人生をかけるに値するものであると定めた「演劇」と「子ども」である(と私は感じたのですが、皆様いかがでしょうか)。盛り上がらないわけがないだろう。いいぞもっとやれ。……と、やくたいもないことを考えながら、会場の雰囲気が何かに似ているんだよな……と、ふと思い当たったのは、皆で海水浴に来た海辺の記憶だった。

遠くで子どもたちが元気に遊んでいて、それを優しく眺めながらパラソルの下や海の家で大人たちがのんびり、ビールなんか飲みながら話し込んでいる、あの感じ。久しぶりに集まった友達や親戚と、ちょっと真面目な話題で語り合ったりして、そうこうしているうちに、子どもたちが遊び疲れてひと休みしに帰ってきて……そんな満ち足りた記憶。そうか、皆この時間を、空間を楽しんでいるんだ、と、何とも言えない充足感を、そのとき感じたように思う。

それぞれが楽しめる、ひとつの時間と空間

※当日の座談会を踏まえた内容はこちらを参照してください。

「私向きではない企画だな。」

 私は今、子育てをしているわけでも、舞台関係の仕事についているわけでもない。この企画には「呼ばれてない」存在である。 

 イベントの詳細が出た後、ふとそんなことを思ったのだが、縁があり、当日記録係の腕章をつけて会場にいることになった。

 確かに私向きのイベントではなかった。でも、だからこそ私自身がその場にいられたことは、私にとってとても貴重だった。一番の気づきは、子連れ歓迎のイベントでは、子どもの関心と大人の関心が異なることが考慮されている、というごく単純なことである。

この日のこの空間には、2つのイベントが並行していた。

楽しい夏休みの遊び場

 開始直後から会場にはスタッフや関係者の子どもたちがたくさんいて、大人よりも多いくらいだった。そのほとんどはその日初めて互いに会ったはずだったが、昼頃にはみな一緒に走り回ったり、工作をしたりしていた。みんなが仲良くなるスピードが激早である(そのほか、別室の託児エリアにいた子どもたちもたくさんいた)。

 会場の会話では、「『スライムづくりに行こう』といって子どもを連れてきました」という声も聞こえた。段ボールで作られた家や、床や壁に敷かれた段ボールに書き込んでも大丈夫な遊び場、様々なおもちゃや絵本、スライムづくりやフラワーボトルづくりのワークショップなど、わくわくするものがたくさんあった。夏休み中にちょっと変わった遊び場に行くというつもり来た子たちもたくさんいただろう。

テーブルを囲んで言葉がつながる

 そんな子どもたちに対し、大人たちは舞台と子育てについて、何か話をしたいという思いで来ていた。当初1時間半の座談会は長いかも、とは思ったが、テーブルごとにファシリテーターが話を整理し、人が増えたり、途中で抜けたりしながら、流動的に話がつながっていくなかで、この長さが必要だったのは確かである。現状のつらさを吐露する語り、自分の苦労や工夫を共有する語り、他者からの言葉を共有する語り、相手の話を受けつつ、途切れることなく進んでいった。

 同じ場所と時間を共有しながら、みな抱えている困難が違う。舞台にどうかかわっているのか、子どもや家族を含め自分はどういう状況にいるのか、それぞれの違いが、それぞれの話のトーンに影響を及ぼしていた。

一緒に過ごすこと、別々の経験をすること

 子どもも大人も楽しめるイベントとなると、一緒に楽しもう、となりがちである。しかしこのイベントは、大枠では同じ時間と空間を過ごせることを前提としつつ、それぞれが独立して過ごせるプログラムの作り方になっていた。2つのイベントを同時並行しなければならないということは、いうまでもなく手間も人でも倍(あるいは倍以上)必要になる。託児スタッフや子どもと一緒に遊ぶスタッフ、ワークショップの講師といった、子ども向けのイベントにかかわる人たちもいれば、座談会のファシリテーター、受付、記録といった大人向けのプログラムをメインにする人たちもいる。ただし、どちらがどちらにと分断されているわけではなく、(私を含めた)記録担当が子どもたちと遊んだり、子どもと遊んでいるスタッフたちでも自身が様々な問題意識を話していたりと、全体としての関心や空気は共有していた。お互いが何をやっているかを尊重しつつ、だからこそ自らの役割を楽しんでいるようでもあった。

独立した観客として

 会場では、親よりはむしろ、保護者や大人という呼ばれ方が選ばれていたのが印象に残っている。子どもと生活をしていると、「〇〇くんママ」や「〇〇ちゃんパパ」のように、子どもを基準に自分が名指される場面も少なくない。呼び方や名札の書き方においても、子どもと大人をそれぞれ独立した観客として迎え、それぞれが楽しみにしていることを十分に楽しめるように設計されていたイベントであった。

 これは、舞台と子育ての両方をやっていないとできない企画である。その意味でもプラットフォームデザインlabのみなさんのこれまでが十二分に発揮されたものであった。

来なかった人、来られなかった人に思いをはせる

 最後に。

 この場に来られたこと、このイベントにかかわれたことで、出会いや気づきがあった人はたくさんいたと信じている。ただし、気になっていたけれどもこの場所に来られなかった人もたくさんいたはずである。それは都合が合わない、子どもを連れてくるのも大変だった、という理由ももちろんある。しかし、もしかしたら子どもを育てていることを広く知らせていないことから、直接顔を置合わせる場には足が向かなかった方もいるだろう。あるいは、自分がこの場に行けるほどに舞台にかかわっているかどうか、悩んだ方もいるだろう。

 実際に会って話せる対面の場、時間や空間を問わず、かつ匿名でも情報の収集や発信ができるオンラインの場、それぞれの選択肢があることの大切さもまた、来られなかったかもしれない人のことを思いながら、改めて思い直していた。

往復書簡④ 小一生活 初めての夏休み

愛さんへ

9月に入りましたが、じめじめと暑い日が続きますね。

そしてついに!夏休みが終わりましたね!

小学校に入って初めての夏休み、そしてこの夏は「こえのば」があったので、私的には嵐のように慌ただしく過ぎた夏休みでした。

「こえのば」は、私達が初めて取り組んだ対面座談会イベントでしたが、『私達がやりたい座談会ってどんな形なんだろう』という問いに、私なりに答えが見えてきた、重要な機会となりました。

あと、楽しそうにはしゃぐ子ども達が視界に入る環境は最高ですね。うちの子ははしゃぎ過ぎて、私のところには一回も寄り付きませんでした。笑

さて、話題を夏休みの過ごし方に戻したいと思います。

我が家は私も夫もお盆や祝日がない職場で働いているので、夏休みといえど特に連休はありません。

息子は月〜金まで、朝8:00に放課後子供教室事業(※)に出発し、15時になったら帰ってきます。

普段の授業の時と家を出る時間も帰ってくる時間も変わらないので、生活リズムの乱れは心配ありませんでした。

息子からは、「友達みたいにもっと休みたい」と何度も言われ、申し訳ないな〜、とは思いつつ、如何せんどうすることもできないので、頑張って毎日出かけてもらいました。

なので私的には、平日と夏休みの差は、お弁当をつくるかどうか、くらいでした。

一人でお留守番ができるようになる、3〜4年生になってくるともっと親の苦労や心配事が増えるのかもしれませんね。

それにしても、私にとって放課後子供教室事業は本当に偉大で、この取り組みのおかげで我が家はまわっています。

医療費の全額助成もそうですが、私が子どもの頃にはなかった子ども支援が色々増えていて、かなり子育てしやすくなってきた印象です。

そういえば、私たちの子どもの頃との違いといえば、今住んでいるうちの地域では朝のラジオ体操がなく、夏休みのプール通いもありませんでした。

プールなんて、1学期に5回入っただけで終わってしまい、内容も水遊びみたいな簡単なものだったようです。昔は学校の授業で泳ぎを体得していましたが、今はそうではないんですね。

宿題も「これだけ?」という感じの少なさで、7月中には終わっていました。

ということで、愛さんは夏休みはどんな感じでしたか?

夏休みの象徴、朝顔の観察日記!やはり小学生といえばこれですねー。

(※)放課後子供教室事業…小学校内の施設を利用した、自由で安全な遊び場。自治体がやっている事業で無料。審査などはなく、登録をすれば誰でも利用できる。夏休みも日・祝以外は8:00〜17:00までやっていいて、我が家にとってなくてはならない存在。

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ゆいさんへ

本当に、ついに夏休みが終わりましたね!

「こえのば」もあり、我が家もなんだか慌ただしく過ぎた夏休みでした。でも、初めての対面イベントを無事に終えられて、私もほっとしています。

子どもたちが楽しそうに遊んでいる姿を見ながら、大人たちがゆっくり話せたのもよかったですよね。子どもと一緒にいながら、ずっと子どものことだけを気にしていなくてもいい。あの時間のつくり方は、私もこれからの「こえのわ」で大切にしていきたいなと思いました。

さて、我が家にとっても、初めての「小学生の夏休み」でした。

まず一番心配していたのは、早起きの継続です。学校がないと、あっという間に生活リズムが崩れてしまうのでは……と思っていたのですが、夏休み中、近所で朝のラジオ体操がほぼ毎日あったおかげで、朝6時起きを続けることができました。

娘と毎朝せっせと通って、なんと皆勤。最終日には記念品もいただいて、とてもうれしそうでした。同じ地域でも、ほかの学区では1週間くらいの短い開催が多く、夏休みを通して続けているところは珍しかったようです。毎朝ラジオ体操の場をつくってくださった町会の方々には、本当に感謝です。

宿題は、我が家も最初は「思ったより少ないかも?」と思っていたのですが、結局なんだかんだと最後の方までかかりました(笑)。

早めに終わらせられるものは7月中に、と進めていたつもりだったのですが、朝顔の観察は肝心の「実」がなかなかできなかったり。週に一度の日記もイベントに合わせていたらスケジュールがくずれたり。毎日少しずつ取り組むものもあったり。

親から見るとそれほど多くない宿題でも、子どもが自分で全体を見渡して、計画を立てて進めるのは、1年生にはまだまだ難しいんだなと実感しました。来年は、お盆くらいに一度、残っているものを親子で確認しようかな、なんて今から考えています。

そしてもうひとつ、初めての夏休みを経験して思ったのが、「夏休みって、親子で一緒につくるものなんだな」ということでした。

保育園の頃は、普段の生活の延長線上に、旅行や水遊びなど夏らしい出来事がぽつぽつ入ってくるような感覚でした。でも小学生になると、はっきりと「夏休み」という長い時間がある。

とはいえ、親の仕事や習い事などもあって、我が家も長期の旅行をするような余裕はなく、唯一の家族旅行は、祖父母、曽祖母も一緒に出かけた2泊3日の旅でした。

大人が多い旅行だったので、買い物などの予定が続くと、娘から「大人の予定に付き合ったから、公園行きたい!」と言われることもしばしば(笑)。

娘が楽しめるように、アスレチックに行ったり、気球に乗ったりもしたのですが、夏休みが終わってから聞いてみると「また旅行に行きたい。ハンバーグとスパゲッティがおいしかった。」と、出てくるのは食べ物の思い出ばかり。

親としては「せっかくの夏休みだから、何か特別な経験を」と考えてしまうけれど、子どもにとって何が思い出になるのかは、親が思っているようにはいかないものですね。

だからこそ、プールに行く、友達と遊ぶ、といった小さな予定も含めて、「今年の夏休みに何をしたい?」と子どもと一緒に考えていくことも大切なのかもしれないなと思いました。

平日は学童にもずいぶん助けられました。親が仕事のペースを大きく変えずに済むだけでなく、娘自身も朝起きて出かける生活を続けられたことが、夏休みのリズムを保つことにつながった気がします。

こうして振り返ると、子どもだけでなく、親にとっても「初めての夏休み」だったのかもしれません。

来年はもう少し上手に計画できるかな。
……と言いつつ、きっとまた8月の終わりに、朝顔と宿題を前に慌てているような気もします(笑)。

ゆいさんのお手紙を読んでいると、同じ小学1年生の夏休みでも、地域や家庭によって過ごし方がずいぶん違うんですね。

そして、我が家の「ハンバーグとスパゲッティ」の話を考えると、同じ夏休みを過ごしていても、親と子では心に残っていることも案外違うのかもしれません。

ゆいさんが振り返る夏休みと、息子さんが振り返る夏休み、それぞれどんな夏だったんでしょう?

文学座こどもげき《みんなのアトリエ》:参加レポート

ワークショップ【美術さんとつくる舞台セット】

私たち親子は4日間のうち、1日目の「美術さんとつくる舞台セット」、「人魚の海」に参加しました。息子は小学校1年生。最近は暇があると自由帳に絵を描きまくっているので、美術にも何かしら興味を持ってもらえるのでは、と期待して参加しました。

開場時間、だだっ広いアトリエに入ると、ど真ん中にお絵描きエリアがあり、子ども達は絵を描きながら待てるようになっていました。
早速フラフラと吸い寄せられ、絵を描く息子。

ここで嬉しかったのが、同じ空間で親が荷物を置いて俯瞰して見られる構造になっていたことです。アトリエのぐるりに客席があり、ゆったり座って子どもを見守ることができました。
子どものケアはスタッフさんがしてくれるので、親は安心して座っていられます。親も子も、それぞれ快適に過ごせるようになっていました。

ついつい運営側に注目してしまいますが、もう一点特筆したいことが、とにかく多くのスタッフさんがいたことです。そしてそのスタッフさんがみんな気さくで活気がある。子どもに慣れている。人数調整や移動の誘導もとってもスムーズ。チームワークがとにかく良い!これはやはり劇団の強みでしょうか。
何よりスタッフのみなさんが場を楽しんでいたので、だからこそこちらも楽しめたし、安心感がありました。

さて、やっとこさワークショップのご紹介です。
美術ワークショップの内容は、水の泡の工作、海の生き物を作って壁に貼る、美術パネルに落書き、バックステージツアーなど、盛りだくさん。この時間に作った美術が、全てこの後の芝居「人魚の海」の美術となります。

製作は、厚紙やアルミホイル、油性マジックなど、家庭にある材料で作ったので、「こんな簡単に作れるものでも美術セットになるのか」と、美術が身近に感じられました。

それぞれの島に分かれての製作ですが、次々描く子もいれば、じっくり描く子もいて、子ども自身のペースで作ることができます。うちの息子はじっくり派で、一つの水の泡に細かくデザインを描き込んでいました。

息子が作った水の泡
水の泡を吊る息子

作った水の泡を自分でバトンに吊って、海の生き物を作って壁にはり、そして真っ青な美術パネルにチョークで落書き!たくさんの子ども達がぎゅーぎゅーになりながら夢中で描いていました。
その間、大きい子どもは床にチョークラインを引き、その上からビニールテープで線を引くという繊細な作業も。

チョークラインの紐を引っ張ってはじくなんて、なかなか稀有な経験ですよね。やることがマニアックで良いな〜、などと感心していると、向こうではバトンの昇降をミニチュアの仕掛けで説明するコーナーが始まっていました。

木枠に滑車とロープが仕込まれたミニチュアで、繋がれたバトンを昇降させることができます。客席からは見られない舞台の仕掛けを、見て体験できるコーナー。実は私はこれに一番感動しました。
「舞台の仕掛けって面白いよね」という着眼点から、子ども達にわかりやすく、さらに体験できるように、わざわざミニチュアを作ってしまう、その想いよ。何もかも想像の上をいっていて、ワクワクが止まりませんでした。

ミニチュアのバトン仕掛け。すごくわかりやすい。

ワークショップも大詰め。最後は、みんなで作った水の泡を吊ったバトンを浮かせるというメインイベントです。
子ども達の「3・2・1 あがれー!」という掛け声の後、バトンが上がると同時に照明と音楽が入り、会場から「わあーー」という歓声が上がりました。

これはもう本当にたまらない演出で、気持ちも最高に盛り上がりました。音響と照明と美術で、空間があっという間に別世界になることを、このワークショップは教えてくれました。

往復書簡③ 小1生活 親の負担は実際どんなもの?

愛さんへ

こんにちは。8月イベント「こえのば」の企画がどんどん進んでいきますね。初めての対面イベント、本当に楽しみです。私たちらしいイベントにしたいな、と気合いもひとしおです。頑張りましょうー!

さて、この往復書簡、私の中で楽しみのひとつになりつつあります。日々の生活の中で「これは!」と思うとすぐに「次の往復書簡のネタにしよう」という思考に繋がるようになりました。

で、今回は小学校生活における親の負担についてお話しできたらと思います。

具体的に上げると…

永遠に増える小学校教材の名前つけ

宿題の丸つけ・間違った問題の解説(毎日)

絵の具のパレットは自宅で洗う

体力テストの結果は親が入力

iPadの自宅管理と充電

工作グッズの用意 

などなど。あ、あと夏休みに向けて学校に朝顔の鉢植えを取りに行くのも親ですね…。

ひとつひとつの作業量は大したことじゃないかもしれないけど、「気にしなきゃいけないこと」の量が保育園よりも格段に多いと感じます。

例えばiPadの充電なんてコードをさせばいいだけの事だけど、もしこれを忘れてしまったら、授業で使えず完全にアウトだから絶対に気をつけなきゃいけない。

絵の具のパレットも放置したらガビガビに固まって大変なことになるし。

そういったことはさすがに1年生はまだ気付けないことが多く、どうしても親が気にする必要があります。

教材が多い分、管理作業が多い、というところが地味にストレスに感じます。

因みに工作グッズの用意ですが、ケチャップの空き容器とか、プリンカップとか、蓋が別れている空き箱とか、持ち込み日よりも前から準備しないといけないものが多いですし、秋にはどんぐりと松ぼっくりも持っていかないといけないらしく(しかもどんぐりは家で煮沸消毒してくる)、なんか…、やること多いな…とぐったりします。

公立と私立で親の負担度合いは変わるのかな、と思ったのですが、先日他の公立小学校のママと話した際「え!うちはそんなに色々やらないよ!」と言われたので、公立私立ではなく、学校によって全然違うんだと気づきました。

愛さんはいかがでしょうか?親の負担について、感じることはありますか?

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ゆいさんへ

こんにちは!

8月のイベント「こえのば」、少しずつ形になってきましたね。ようやくチラシも完成して、ほっとしています。今回はチラシを担当していたので、「どんな方が来てくださるかな」「親子でどんなふうに過ごしてもらえたら楽しいかな」と、参加する方の姿を想像しながら作っていました。

初めての対面イベントなので少し緊張もしていますが、それ以上に楽しみです。

さて、お手紙を読んでいて、「学校によってこんなに違うんだ!」と驚きました。

我が家は、ゆいさんが挙げていたような負担は、今のところ比較的少ない学校なのかもしれません。工作の材料も学校で用意してくださることが多いですし、ピアニカもまだ始まっていません。絵の具のパレットも学校で洗っているようなのですが、「本当にちゃんと洗えているのかな……?」と、別の意味で少し気になっています(笑)。

学校側がいろいろ工夫してくださっているんだな、と感じることが多いです。

名前付けは、入学準備の頃ほど気にならなくなりました。

それでも、「これは大変だったね」と今でも話題になるのが計算カードです。3月の準備期間に夫が担当してくれたのですが、30〜40枚のカードを一枚ずつ切り離して、さらに全部に名前のシールを貼る作業を、足し算・引き算・掛け算・割り算と何セットも。どちらかというと細かい作業が得意な夫も、「これは大仕事だ……」と言いながら黙々と作業していたのを思い出します。

それ以外は、布用(タグ用)シールとプラスチック用の名前シールをあらかじめ作っておいたので、だいぶ助けられています。靴下やゴムには伸びるシールを貼る作戦です。もしまだ使っていなかったら、おすすめです!(もう活用されていたらごめんなさい。)

とはいえ、小学校に入ってから親として気を配ることは、むしろ増えたように感じています。朝早い登校時間に合わせた生活リズムや、仕事との両立、学校での様子が見えにくいことなど、「物を用意すること」とは別に、保育園の頃より気にかける場面がずいぶん増えました。

小学校に入ってから私が一番大きく感じているのは、「学校で何が起きているのかが、意外と見えないこと」かもしれません。娘に聞いても、「わかんない」「忘れちゃった」が多くて……。連絡帳は、自分で宿題などを書いて先生に確認印をもらうルールなのですが、確認印がないまま持ち帰ってきたり、連絡帳そのものを学校に忘れてきたり(笑)。

音読カードも、本来は1枚終わってから次へ進むはずなのに、気づけば2枚目、3枚目、4枚目がランドセルから次々と出てきて、「これは先生の指示なのかな?」「それとも本人が忘れちゃったのかな?」と判断に迷うことがよくあります。

保育園の頃は先生が細かく共有してくださっていたので、その違いに最初は戸惑いました。でも最近は、小学校は「自分で管理してみる」「困ったらそこから学ぶ」という経験も含めて教育なんだろうな、と少し思うようになりました。

保育園は、働く保護者が安心して預けられるようにという仕組みで動いている部分が大きい。一方で小学校は、学校と家庭が両輪になって子どもを育てていく、という考え方なのかもしれません。親の負担が増えたというより、「親も一緒に伴走する時間」が増えた、と考えると少し見え方が変わる気もしています。

そして、今は夏休みを前に少し戦々恐々としています。

基本は近所の学童に通う予定ですが、毎日それだけでは飽きてしまいそうなので、保育園や学校のお友達と約束して、児童センターやじゃぶじゃぶ池へ遊びに行く日も作れたらいいなと画策中です。「こえのば」にも娘を連れて行く予定です。

長いようで、きっとあっという間の初めての夏休み。親子ともども、無事に乗り切れるといいですね。

ゆいさんのおうちでは、夏休みはどんな過ごし方を考えていらっしゃいますか?

『さかさまの世界』感想座談会−「わからない」「わかりたい」の先にある発見

予想外な導入について考えたい

原田 私は開演15分前の紙芝居から見たんですけど、紙芝居を見ると、この作品には何か物語があるのかなって感じるじゃないですか。でも実際は、どちらかというとストーリーを追うというより、「こう感じる」とか、「心を引き出す」とか、観客に働きかけるような作品だったので、そのギャップが最初は結構あって。だから不思議な観劇体験だったんです。あの作品世界の中で、紙芝居はどういう立ち位置なんだろうって思って。

中村 私は導入の「ひみつ小屋」(紙芝居のタイトル)が、劇場に入るっていう最大の難関を突破させるための工夫なんじゃないかなと思ったんです。劇場というものに子どもたちがすっと入るにはどうしたらいいか、すごく考えているのかなって。「ひみつ小屋」を観たもの同士で劇場に入っていく。ただ、私の娘は小学4年生ですが「ひみつ小屋」を観て、本編とのつながりについて色々と考えていたようです。

原田 うちの娘も、どう受け止めたらいいんだろうと考えながら見ていた気がします。私が見た回はKAATの子ども向けプログラムに慣れている子どもたちも多かったと思うのですが、それでもいつもとは少し違う作品体験になっていたように感じました。

私はその一因は紙芝居にあるのかなと思っていて。紙芝居があることで、大きい子たちは「これから物語が始まるのかな」と想像するし、小さい子たちも普段とは少し違う空気を感じていた。そのことが、作品との向き合い方に影響していたのかもしれないなと思いました。

松本 私が劇場に入って意外だったのが、ブラックボックスだったことですね。対象年齢が4歳から150歳って書いてあったから、そもそも子どもだけに向けた作品じゃないのかもしれないけれど、一般的な子ども向け作品って、美術から目に入って「楽しそう」って思えることが多いじゃないですか。でも今回はそれがなかった。

だから、静かに見る紙芝居から始まって、劇場に入ったら真っ黒な空間。あえて子ども向けにしない狙いがあったのかなと思いました。でも見ているうちに、「劇場で遊ぶ」ことを見せたかったんだなって気づいたんです。美術で見せるんじゃなくて、大人が舞台の上で音や光、あとはいろんな小道具とかとめちゃくちゃに遊んでいる姿を見せるために削ぎ落としたのかなって。

大人と子どもがさかさま?親子それぞれの反応について

中村 松本さんの「劇場で遊ぶ」っていうの、すごくわかります。上演自体もいろんな意味で「さかさま」を感じられて、何もないことも劇場なんだと気付かされました。

個人的に私はダンサーがかっこ良い振り付けで踊るわけではなく、動きも仕草も歌もどこか子どもっぽくて思わず大人の方がクスッと笑ってしまう。いい意味でカッコ悪さのようなものに胸を打たれてジーンとしてしまいました。

松本 面白いですね。私はこの作品を、7歳の長男と行ったんです。それで見終わったあとに「どうだった?」って聞いたら、「面白くなかった」って言われたんです。

「どうして?」って聞いたら、「僕はいつもふざけると怒られるのに、なんでふざけてる大人を見なきゃいけないの?見せびらかしてきた。」って言うんです。

中村 なるほど。でもその感想、最高ですね。

松本 本当に?私はそれを聞いた時、ちょっと泣きそうになっちゃった。私今までどんだけ息子を叱ってきたんだろうって思って。うちの子、本当にやんちゃで、急いでる時でも飲食店でも病院でも、どこでもふざけちゃうんです。だから私はすぐ「やめて!」「だめ!」って叱る。だから息子の感想は本当にもっともなことで、これまでの親子の関係とか、自分の接し方とかを思ってすごく反省しちゃいました。

中村 もしかしたら作り手の方が聞いたら、喜ぶ感想かも…。と思いました。

原田 私は二人の話を聞いて、子どもたちは大人みたいな気持ちで見ていたのかもと思いました。うちの娘も「何やってるんだろう」っていう感じで、楽しんでいる大人たちをちょっと大人の視線で見ていた気がします。

逆に大人は子どもの気持ちになっていて。最後に体を動かした時なんか、私はいつもより自然に参加できたんです。ここではふざけてもいいし、参加しないほうがもったいない気がして。子どもと大人の境目をなくして近づけている作品だったのかもしれないなって。

松本 そうか。じゃあ私たちはまんまと「さかさまの世界」に入ってたんですね(笑)。

中村 そう、まんまと乗せられてましたね(笑)。

往復書簡② 小1生活 習い事について考える

−愛さんへ

こんにちは。暑い日が続きますね。。

5月からこんなに夏日が続いて、ついに日本は一年の半分は夏になってしまったかと恐ろしく感じます。

うちの小学校は6月2日からプール開きで(早い!)、またも水泳道具一式の名前付けに追われていました。

更にはピアニカ、絵の具セット、計算カードなど、名前付けが続く続く。1年生って永遠に名前付けが終わらないですね。

母さんは本当に夜なべしています、名前付けの為に。

あと、本格的に暑くなってきて、うちの子は毎日水筒を持参するようになったのですが、小学生の荷物量が半端ないなと、週明けはいつも感じます。

ランドセル(教科書含めてすでに重い)、体操服、上履き、学校図書館で借りた本など。これに水筒が加わり、更に給食当番のあった週は割烹着、夏は水泳セット、そしてゆくゆくはタブレットが加わるかと思うと、え、多過ぎだし重過ぎじゃない?と、まだまだ小さな背中の一年生を送り出すたびに、心配になってしまいます。

先日は荷物が多過ぎて、玄関で靴を履く際にバランスを崩して転んでいました。頑張れ…!1年生!

さて、5月が終わりましたが、いかがでしょうか?

以前幼児教室のお話しが出ましたが、その後習い事などはどんな感じですか?

愛さんのお子さんは色々と習い事をしているイメージなので、お話しお聞きしたいです。

−−−−

−ゆいさんへ

終わらぬ名前つけ、金曜日や月曜日の荷物の多さ。今回も「そうそう!」とうなずきながら読ませていただきました。

そして、本当に毎日暑いですね。娘の通っている学校は夏服がワンピースになるのですが、年々衣替えが早まっているようです。

持たせた水筒の中身も空っぽで、喉乾いた〜と帰宅する日もあり…

最近はランドセルの背中側につける保冷剤なんていうものもあるそうで。学校が許可してくださるのか、また実際どれくらい効果があるのかはわからないのですが、用意した方がいいのかな……なんて考えています。

さて、習い事のお話ですね。

我が家は年中からスイミング、ピアノ、体操を続けています。娘は比較的なんでも前向きに取り組める性格のようで、どれも楽しみながら通っています。

将来ピアニストや選手を目指して本格的に、というよりは、何かに挑戦して少しずつできるようになる経験をいろいろな形でしてほしい、というのが親の気持ちです。

歌やダンスも好きなのでバレエとか、勉強も心配なのでくもんやZ会とか……。親としてはつい「あれもこれも経験させてあげたい」と思ってしまうのですが、時間もお金も無限ではないので、どこで線を引くかは悩ましいですね。

今通っている3つはどれも参観できる教室なので、親子で過ごしている時には見られない娘の姿を垣間見られるのも楽しみのひとつです。親の仕事の都合で振替できずに休んでしまうこともありますが、細く長く続けていけたらいいなと思っています。

習い事を考えていると、親はどこまで子どもの経験を用意できるのだろう、あるいは用意した方がよいのだろう、と考えることがあります。きっかけを作ることはできても、時間もお金も限られていますし、子ども自身が見つけてくるものもありますよね。習い事のない日にお友達と遊んだり、本を読んだりしている時間も、娘にとっては大事な経験になっているように見えるので、何を優先するかはいつも悩ましいです。

ゆいさんのところは兄妹お二人いらっしゃるので、習い事を決めたりスケジュールを組んだりするのもまた違った大変さがありそうですね。

習い事を決めるときの決め手は何ですか?

それから、学校やお仕事とのバランスだけでなく、遊びや家族で過ごす時間とのバランスはどんなふうに取っていますか?

親子観劇 うまくいかなかったレポ

お世話になっております。

突然ですが、親子観劇がうまくいかなかった話しを聞いていただけますか。

先日、うちから車で1時間ほどの場所にある国営の公園内で、子ども向け演劇フェスティバルをやるという情報をキャッチしました。チラシのラインナップを見ながら、「これを観たい」「これも観せたい」「ということはつまり○時に家を出て…」とわくわくしながら色々計画を考え、当日を迎えました。

家族4人で行きましたが、予想外にフェスティバル会場の駐車場が閉鎖されており、駐車場迷子に。当日たまたま市のマラソン大会が行われており、フェスティバル会場がぐるりと交通規制されており、近づけない状態でした。近隣パーキングもいっぱい。

土地勘の無い場所だったので駐車場を探しているうちに、目当ての公演時間が過ぎてしまいました。焦る大人。ぐずり出す子ども達。もう1時間以上車に乗っているので無理もありません。

やむを得ず車を夫に任せて、子どもと私だけ降りてダッシュで会場に向かいました。走る親子。迷う道。規制のせいで近づけない少し遠くにいる誘導のおじさんに大声で会場入り口を聞きました。

やっと着いたと思ったら、会場の入り口には常設の工作ワークショップエリアがあり、子どもの目がそこに釘付けになってしまいました。

その工作エリアはフェスティバルの一環ではなく、もともといつも子ども向けに工作ワークショップができるエリアとして設けられており、子ども二人はまず目に入ったそこに入りたがってしまいました。

「え!演劇を観に来たんだよ!演劇観ようよ!」と言っても、もう目に入ってしまった工作に釘付けで、目に見えない「えんげき」にはまったく興味を示さず、「いやだ。みたく無い。作りたい。」と言われてしまいました。

今ここで機嫌を損ねると後が大変かも、と思い、取り敢えず工作エリアに入りました。

そしてその後も何度か「お願いだから演劇を観よう」と誘いましたが、子どもはどんどん工作に夢中に(とても充実した工作エリアでした笑)。

「ここまで来て嘘でしょ」と思いましたが、でもしかし、そもそも今日は子どもの為に来たのだから、子どもが演劇より工作が良いと言うならもう工作でいいか…、と思い直し、私も一緒に工作に。

車を停めてあとから来た夫も、何も言わずに一緒に工作をしてくれました。

工作がひと段落して、やっと長男の気持ちが他に向いてきたので、二人で観劇エリアへ。その時間にやっていた演劇を後ろからそっと二人で観ましたが、結局途中退室しました。

後から入ったので観づらい場所だったことと、途中からだったのでストーリーに今ひとつ入っていけないことから、長男に「もう(観なくて)大丈夫。」と言われてしまったからです。

私も、「確かに来たし、観た。うん。」と自分に言い聞かせ、静かに会場を後にし、あとは建物のまわりの広い広場を子ども達と走り回って帰りました。

結局子どもは楽しんでくれたし、いつもと違う体験ができたんだから、良かったじゃん!と無理矢理自分に言い聞かせましたが、やっぱり演劇って、その時その場所でしか観られないから、それを子どもと一緒に「わあー」って観たかったんだよ、私は…!という残念な気持ちでいっぱいになってしまいました。

子どもとの観劇、みなさんはどんな経験がお有りでしょうか。

「ようわからんけど、よかったねえ」が起きる街

東京から、兵庫県北部に移住して丸6年が経ちます。

2020年。5月末に引っ越し予定だったのが、「可能な範囲での登園自粛の検討へご協力ください」という保育園の張り紙を見て、驚愕。緊急事態宣言で首都圏が半ばパニックになる中、夜逃げするように移動しました。

コウノトリがいる近所

思い返してみても変化が多すぎて、枚挙にいとまがありません。

6年経てば、保育園児だった子は小学六年生。子供の状況も環境も変わったし、自分の仕事も生活も変わったので、この変化を振り返るのはなかなか骨が折れました。

今回は、私がこの6年間少なからず時間を費やしている演劇祭と地域の話をさせてください。

出産前は舞台監督として幾つかの公演やツアーで活動してましたが、第一子出産後は当たり前のように現場から離れてしまいました。第二子が2歳になる直前に移住し、スタートしたばかりの演劇祭で主にフリンジ部門の立ち上げに参画。コーディネーターとして毎年アーティストと地域との調整を行っています。

期間中は、とにかくたくさんの団体が来て、次々調整して立ち会って送ってという日々。正直「仕事と生活が両立できてる!」とは言い難いですが、よかったなと思う瞬間ややっと乗り越えたかなと感じることも増えてきました。

特に昨年見た景色は、ちょっと心に残ってます。

担当したアーティストを自宅近くの公園で迎えることとなりました。徒歩3分で会場です。

公園ではキャンプ椅子に座ったり、立ったままのお客様に囲まれて、ダンサーが踊ります。

雨が降ったり止んだりする中、ご近所のおばちゃんと一緒にパフォーマンスを鑑賞。「ようわからんけどねえ、よかったねえ」といいながら、おばちゃんは自転車のカゴからさつまいもを取り出して、「畑で取れたから」と私に手渡しました。

近くの雑貨屋を営む夫婦も、ちょっとしたスキマで見にきましたとお店に戻る。

翌日には、”平日は誰もいない、天気のいい休日に子供たちがやってくる”いつもの公園に戻りましたが、こんなことが家の近所で起きたことは私にとってはちょっとした奇跡のように思えました。

演劇祭を終えると、「かあちゃん、えんげき祭のしごとおつかれ様でした」と子供が手紙をくれました。街のあちこちで行われる小さなイベントのいくつかに、どうやら親が関わってるらしいことにも気づいてくれています。それをどう感じているかはわかりませんが、少なくとも「なんか知らんところでわけわからん仕事をしてるわけではない」と理解してくれてるのかもと思っています。

こう考えられるようになったのは、移住したからなのか、子供が大きくなったからか、仕事が変化したからか、それとも私の受け取り方が変わったからなのかは、ちょっとわかりません。6年間全てがこんな穏やかでは決してなかったですし、特に前半の3年間は地獄すぎて思い出せません。

きっとこの先も全てが穏やかではないでしょうけど、「ようわからんけどねえ、よかったねえ」な出来事が少しでも増やせればいいなと思ってます。

おばあちゃんがくれた花

近所のおばちゃんは今日も、ピンポンは押すけど気づいたら玄関のドアを開けて入ってきます。「菖蒲かなんかわからんけど」といいながら、蕾のついた花を持ってきてくれます。いまだに「マジか!」と衝撃を受けますが、向こうからしたら謎のパフォーマンスを公園でやるのだって「マジか!」くらいの衝撃でしょう。お互い様っぽいです。

ありがたいことに今年も演劇祭を開催できるようです。国内外に限らず本当にたくさんの応募をいただき、すでに選考だけでも大忙しです。

今年も、公園だけでなく、そんなとこでやれるんかいなという会場でできるように準備を進めています。

もしも、「え、どんなことになってんの」と気になる方がいらしたら、兵庫県の日本海側までお越しください。ええそうですよ、兵庫県には日本海側があるんです。ご案内します。