「ようわからんけど、よかったねえ」が起きる街
くまがい
東京から、兵庫県北部に移住して丸6年が経ちます。
2020年。5月末に引っ越し予定だったのが、「可能な範囲での登園自粛の検討へご協力ください」という保育園の張り紙を見て、驚愕。緊急事態宣言で首都圏が半ばパニックになる中、夜逃げするように移動しました。

思い返してみても変化が多すぎて、枚挙にいとまがありません。
6年経てば、保育園児だった子は小学六年生。子供の状況も環境も変わったし、自分の仕事も生活も変わったので、この変化を振り返るのはなかなか骨が折れました。
今回は、私がこの6年間少なからず時間を費やしている演劇祭と地域の話をさせてください。
出産前は舞台監督として幾つかの公演やツアーで活動してましたが、第一子出産後は当たり前のように現場から離れてしまいました。第二子が2歳になる直前に移住し、スタートしたばかりの演劇祭で主にフリンジ部門の立ち上げに参画。コーディネーターとして毎年アーティストと地域との調整を行っています。
期間中は、とにかくたくさんの団体が来て、次々調整して立ち会って送ってという日々。正直「仕事と生活が両立できてる!」とは言い難いですが、よかったなと思う瞬間ややっと乗り越えたかなと感じることも増えてきました。
特に昨年見た景色は、ちょっと心に残ってます。
担当したアーティストを自宅近くの公園で迎えることとなりました。徒歩3分で会場です。
公園ではキャンプ椅子に座ったり、立ったままのお客様に囲まれて、ダンサーが踊ります。
雨が降ったり止んだりする中、ご近所のおばちゃんと一緒にパフォーマンスを鑑賞。「ようわからんけどねえ、よかったねえ」といいながら、おばちゃんは自転車のカゴからさつまいもを取り出して、「畑で取れたから」と私に手渡しました。
近くの雑貨屋を営む夫婦も、ちょっとしたスキマで見にきましたとお店に戻る。
翌日には、”平日は誰もいない、天気のいい休日に子供たちがやってくる”いつもの公園に戻りましたが、こんなことが家の近所で起きたことは私にとってはちょっとした奇跡のように思えました。
演劇祭を終えると、「かあちゃん、えんげき祭のしごとおつかれ様でした」と子供が手紙をくれました。街のあちこちで行われる小さなイベントのいくつかに、どうやら親が関わってるらしいことにも気づいてくれています。それをどう感じているかはわかりませんが、少なくとも「なんか知らんところでわけわからん仕事をしてるわけではない」と理解してくれてるのかもと思っています。
こう考えられるようになったのは、移住したからなのか、子供が大きくなったからか、仕事が変化したからか、それとも私の受け取り方が変わったからなのかは、ちょっとわかりません。6年間全てがこんな穏やかでは決してなかったですし、特に前半の3年間は地獄すぎて思い出せません。
きっとこの先も全てが穏やかではないでしょうけど、「ようわからんけどねえ、よかったねえ」な出来事が少しでも増やせればいいなと思ってます。

近所のおばちゃんは今日も、ピンポンは押すけど気づいたら玄関のドアを開けて入ってきます。「菖蒲かなんかわからんけど」といいながら、蕾のついた花を持ってきてくれます。いまだに「マジか!」と衝撃を受けますが、向こうからしたら謎のパフォーマンスを公園でやるのだって「マジか!」くらいの衝撃でしょう。お互い様っぽいです。
ありがたいことに今年も演劇祭を開催できるようです。国内外に限らず本当にたくさんの応募をいただき、すでに選考だけでも大忙しです。
今年も、公園だけでなく、そんなとこでやれるんかいなという会場でできるように準備を進めています。
もしも、「え、どんなことになってんの」と気になる方がいらしたら、兵庫県の日本海側までお越しください。ええそうですよ、兵庫県には日本海側があるんです。ご案内します。

