往復書簡② 小1生活 習い事について考える
プラットフォームデザインlab/原田愛・松本ゆい
目次
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−愛さんへ
すごい。娘ちゃんは習い事を3つもやっているのですね!しかもどれも本人が楽しんでいるなんて、めちゃくちゃ素敵です!
それにしても、1年生だとまだまだ送迎が必須かと思われますが、いったいどうやって送迎の時間をやりくりしているのでしょうか?是非お聞きしたいです。
それこそ私も習い事を増やしたい気持ちはあるのですが、親の負担を考えると、今の所これ以上は増やせません。息子からは、「友達がサッカーやってるから俺もやりたい」と言われたことがありますが、保留にしました。サッカー・野球・バスケなど、親の手伝い必須の習い事は、私に余裕がなさすぎて難しいですね。。
うちは今、スイミングと和太鼓をやっています。あとこれは習い事ではないのですが、地域の子ども会に入って、月に1〜2回行事に参加しています。
習い事の決め手、というか決め方ですが、うちの場合は、本人の希望ではなく、親がやらせたいこと、で決めています。
スイミングは夫が「体力強化と、四泳法マスター」を目的に決めて、和太鼓については私が、「祭のやぐらで和太鼓を叩いている姿を見たい」という理由から決めて、子ども会に関しては「小学校以外にも居場所や友達を見つけてほしい」という思いから通わせています。
もちろんどれも本人に確認して、「いいよ」と答えをもらってから始めていますが、基本的には親のやらせたいで決めています。
唯一息子から希望が出たサッカーは保留にしてますしね…。
息子には申し訳ないのですが、少なくとも小学校低学年のうちは習い事は親の都合で進めていく予定です。
因みに和太鼓に関しては図らずも私も一緒に習うことになり、今は親子で一緒に和太鼓を叩いています。親子一緒の習い事、面白いですね。子どもと同じ目線で目標を持つことができ、一緒に頑張ることができるのは、稀有な経験です。私は本当にへたくそなので自分のできない姿を我が子に見られることは中々に恥ずかしいのですが、まあそれも悪くないか、と最近は思えます。
あと、遊びや家族で過ごす時間のバランスについてですが、息子は平日は習い事のない日は17時まで学校で過ごしているので、遊んだり親子の時間を取ったりができない分、土日に親子で遊びに出かけることが多いです。うちは夫婦共に土日休みなので、土日に親子時間を取っています。
とはいえ、太鼓の発表会、子ども会の行事、友達と遊ぶ、など、長男だけの時間も増えてきたので、土日は家族時間と長男単独時間が半々になってきて、良い塩梅です。順調に親離れしてきてるなー、と思っています。
そして今の所下の2歳娘は何も習い事はしておらず、全部兄にくっついて付き合わされていますが、だんだん自我が強くなってくると、それも難しくなってくるでしょうし、何より本人の習い事も始めたいので、それこそ今後は時間のやりくりが大変なことになりそうです。むむむ。
習い事、良いですよね。確かにあれもこれもは出来ないけれど、どんな習い事でも、後々きっといろんな形で子どもの成長を助けてくれると思います。
今回の往復書簡を書くにあたり夫に習い事の話しをしたところ、「自分は子どもの頃習字を習わされていて、めちゃくちゃだるくて辞めたけど、今となっては続けてれば良かったと思うよ」と話していました。
習い事って、親の願いがこめられてますよね。因みに夫の字は全然汚いです。
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−ゆいさんへ
「習い事って、親の願いがこめられてますよね。」
最後の一文を読んで、なるほどなあと思いました。
ゆいさんの「祭りのやぐらで和太鼓を叩く姿が見たい」という素敵なお話のように、親が思い描く子どもの未来ってそれぞれ違うけれど、どこか微笑ましくて、愛情深いものですね。
お返事を読んでいて気づいたのですが、我が家も案外似ていて、習い事を始めるきっかけはやはり親の思いが先に立っていました。
スイミングは、まずは水に慣れてほしいという思いから。(お風呂で髪を洗うのを嫌がるほどでした・・・)
体操は、身体を上手に使えるようになって、怪我をしにくくなったらという思いから。
ピアノは、音楽に親しんでほしいという思いから。
どれも将来のためというより、娘の世界が少し広がったらいいな、という親の願いが出発点でした。
ちなみにゆいさんから質問のあった送迎やスケジュールのやりくりですが、我が家も試行錯誤中です。ピアノとスイミングは金曜日にまとめ、体操は日曜日に通っています。どちらも振替のできる教室を選んでいますが、仕事や家族の都合で難しい時は思い切って休むこともあります。
土曜日はあえて習い事を入れず、家族の予定や仕事のための調整日に。なるべく休ませたくないのですが、無理なく続けられることの方が大切だと思っています。
こうして日々のスケジュールに追われながらも、前回書いた「親はどこまで子どもに経験を用意できるか」という問いが、ずっと頭の片隅にあります。色々な都合で何かを選び、何かを選ばないことになる。そして、用意した経験がどんな形で残るのかは、実はよくわからない。
ゆいさんの旦那さんの習字のお話、とても面白かったです。「続けていればよかった」と思っているけれど、字は全然きれいじゃない(笑)。でも、だからといって意味がなかったわけでも決してないのだと思います。
また、親が「こんなことを経験してほしい」と思うことと、子どもが「やってみたい」と思うことも、必ずしも同じではありません。
習い事に限らず、友達と遊ぶこと、本を読むこと、何もせずにぼんやり過ごすこと、あるいは、私たちが普段大切にしている「舞台作品を観る」「ワークショップに参加する」といった、日常とは少し違う文化的な体験も、そうした数ある経験のひとつなのだと思います。親が「経験してほしい」と思っていることよりも、子ども自身が夢中になっていることの方が、ずっと大きな意味を持つこともあるのかもしれません。
今回のやり取りを通して、私自身も「親の願い」と「子どもの願い」のあいだを行ったり来たりしていることに気づきました。親として何かを差し出すことはできる。でも、その経験をどう受け取るのか、何を選び取るのかは子ども自身のもの。親にできるのは、その両方に耳を傾けながら見守ることなのかもしれない、と思うのです。
何を子どもに経験させるのか。誰にでも当てはまる正解はないのだと思います。でも、だからこそ、こうして悩みを分かち合いながら話すのが面白いんですよね。
さて、次の小1の壁は何でしょうか。
またゆいさんと一緒に考えていけたら嬉しいです。

