「あれはなんだったんだろう?!」を親子で味わう
KAATキッズ・プログラム2026『さかさまの世界』 振付・構成・演出:伊藤郁女さんインタビュー
コラム特集

「あれはなんだったんだろう?!」を親子で味わう

KAATキッズ・プログラム2026『さかさまの世界』 振付・構成・演出:伊藤郁女さんインタビュー

目次

企画説明

2026年5月、KAAT神奈川芸術劇場で上演されたKAATキッズ・プログラム『さかさまの世界』。

フランスを拠点に活動する振付家・ダンサーの伊藤郁女さんが 振付・構成・演出を手がけた本作は、ダンスや歌、言葉が入り混じる、自由でエネルギーに満ちた作品だった。

今回、『さかさまの世界』を親子で鑑賞した「こえのわ」メンバー松本ゆいが振付・構成・演出を手がけた伊藤郁女さんに話を伺った

聞き手:松本ゆい(プラットフォームデザインlab)
記事:中村友美(プラットフォームデザインlab)

※2026年6月実施オンラインインタビュー

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松本ゆい(以下、松本)

今回、私は7歳の息子と一緒に『さかさまの世界』を観ました。

まず印象的だったのが開演前の紙芝居です。とても作り込まれた世界観があった一方で、劇場に入るとほとんど何もないブラックボックスの空間が現れました。子ども向け作品というと、華やかな舞台美術や分かりやすい導入を想像していたので、とても意外だったんです。そしてどんどんいろいろなことが起きていく。でも観終わったあと、「あの紙芝居は何だったんだろう?」という疑問が残りました。あの導入にはどんな意図があったのでしょうか。

伊藤郁女さん(以下、伊藤)

紙芝居は、この作品を作る際に最初に生まれたものなんです。

私は子どもたちに「秘密って何?」と尋ねるところから創作を始めました。でも、いきなり「秘密はありますか?」と聞いても難しいですよね。だからまず、「秘密はどんな色?」「重い?軽い?」と想像を広げるための入り口として紙芝居を作りました。

秘密は想像力や夢とつながっています。子どもたちは秘密を抱えながら、自分だけの世界を広げていく。その力が世界を変えていくかもしれない。そんな思いが作品の根底にあります。ただ、その意味を作品の中で全部説明したいとは思いませんでした。

観た人が「どうつながっていたんだろう」と考える余白も大切にしたかったんです。フランスでは子ども向け作品でも、すべてを説明しないことは珍しくありません。子どもたちの想像する力を信じているんです。


松本  美術を極力そぎ落としたブラックボックス空間にも驚きました。

伊藤  私は何もない空間が好きなんです。セットがたくさんあると、それだけでメッセージが生まれてしまう。でも空っぽの空間なら、観客が自由に想像できる。ブラックボックスは私にとって「ブラックホール」のような存在です。空白であり禅でもありますよね。そこには何でも現れる可能性がある。その場でダンサーと出演者でその場を作っていき、さらに『さかさまの世界』は、観客と一緒に世界を作る作品です。だからまず空白を用意したかったんです。

『ひみつ小屋』紙芝居 撮影:金子愛帆

子どもたちの「秘密」

松本  改めて「秘密」をテーマにすること自体がとても面白いなと思いました。私も7歳の息子がいるのですが、そもそも秘密ってあるのかな、と考えてしまいました。

伊藤 ありますよ。絶対あります(笑)。

でも、「秘密ある?」って聞くと子どもたちは答えづらいんです。だから私はまず、「あなたの秘密は何色?」って聞くんです。すると、「レインボー」とか「透明」とか「白」とか…..いろんな答えが返ってくる。それで、「秘密は重い?軽い?…飛んでいきそう?」みたいに聞いていくんです。

そうすると子どもたちは少しずつ秘密について話し始めるんですね。

松本   初演の創作の過程では、たくさんの子どもたちに話を聞かれたそうですね。

伊藤  はい。本当に面白かったです。例えば日本の子どもたちは、「夢」を秘密として持っていることが多かったですね。「世界が終わる夢を見た」と話す子もいました。ある幼稚園では、「竜は子どもの時は色があるけど、大人になると黒くなる」と真剣に話してくれた子もいました。大人から見ると辻褄が合わないように見えるかもしれません。でも想像ってそういうものなんです。

飛びながらつながっていく。その豊かさを作品の中に残したかったんです。


左から 岡本優、Aokid、川合ロン、浅川奏瑛
撮影:金子愛帆

観劇後に生まれた親子の会話


松本  実は観劇後、息子との会話がとても印象的でした。うちの子は普段、つまらないと思うとすぐ「つまらない」と言うタイプなんです。

でも今回は最後まで黙って観ていました。ところが終演後、難しい顔をしていて。「どうだった?」と聞いたら、「僕がふざけるとお母さんは怒るのに、どうして今日はふざけている大人を見せたの?」と言われたんです。正直、かなりショックでした。

伊藤  (笑)

それはすごく面白いですね。舞台って自由な場所なんです。大人が子どもみたいになる。そして子どもが大人を見て考える。その立場の逆転も含めて、この作品なんだと思います。

松本  印象的だったのは、やはりダンサーがペンキまみれになるシーンでした。最後に床に絵の具がバサッと落ちる瞬間、「えっ!」「本当にやるの?(ドキドキ)」という空気で客席には大人も子どももどよめいて興奮してしまったんです。その後のダンサーのみなさんの表情もとても印象的でした。

伊藤  あれは出演者ダンサーの「夢」から生まれたシーンなんです。実は私も息子が小さい頃に一緒にボディペインティングをやったことがあります。大人になると「汚してはいけない」と思いますよね。でも本当は、ぐちゃぐちゃにしてみたい気持ちもある。そういう子ども心を、そのまま舞台に置いてみたかったんです。


子ども向け作品は誰のためのものか

松本  今回の作品を観て、自分が子ども向け作品に「分かりやすさ」を求めすぎていたことに気づきました。私はつい、「これはこういう意味だよ」と説明したくなってしまうんです。でも『さかさまの世界』には答えがなかった。そのことがすごく新鮮でした。

伊藤  私は日本の子ども向け作品は、少し説明しすぎることもあると思っています。もちろん分かりやすさも大切です。でも子どもたちの頭の中は、本当はもっと自由で豊かです。フランスではよく、「子どもが親を教育する」と言うんですよ。子どもは本当に鋭い。だから私は、子どもに何かを教える作品ではなく、一緒に考える作品を作りたいと思っています。

松本  観劇中は「わからない」と思う瞬間もありました。でも今振り返ると、その「わからなさ」があったからこそ、そ について息子とたくさん話すことができました。答えがないから会話が続く。それはとても豊かな時間だったと思います。

伊藤  それを聞いて本当に嬉しいです。作品は劇場で終わるものではなくて、そのあとに生まれる会話や想像も含めて作品だと思っています。だから親子でいろんな話をしていただけたなら、それが一番嬉しいですね。


撮影:金子愛帆

最後に…

伊藤さんへのインタビューを通して印象的だったのは、舞台鑑賞中に親子の関係に生まれる「いつもとは少し違う時間」をつくり出してくれるということでした。

親になると、日常の中では子どもに何かを「教える」場面が増えていきます。

「早く起きようね」「宿題は終わった?」「ご飯を食べて、歯を磨いて」

子どもの成長を支えるために必要な声かけである一方で、親はいつの間にか「教える側」、子どもは「教えられる側」として過ごす場面が多くなっているのかもしれません。

けれど、劇場では少しだけその関係が変化します。親も子どもも、一人の観客として同じ作品に向き合い、ともに笑ったり、驚いたり、悲しんだり、ときには戸惑ったりする。だからこそ、観劇後には自然と会話が生まれます。

「あれは何だったんだろう?」「どうしてそう思ったの?」

たとえ同じ作品を観ていても、親子で受け取るものはそれぞれ違います。違いがあるからこそ、お互いの感じ方や考えを言葉にして伝え合う、新しい対話が始まっていくのではないでしょうか。

舞台芸術は、親子が「親」と「子」という役割を少しだけ離れ、一緒にひとつの体験を共有できる場でもあるかもしれません。

親子で舞台芸術を楽しむ魅力とは作品そのものだけでなく、観劇をきっかけに生まれるこうした対話の時間にもあるのではないでしょうか。『さかさまの世界』の時間は私たちにそんな気づきを与えてくれたように思います。


※2026年6月実施インタビュー

公演概要


KAATキッズ・プログラム2026『さかさまの世界』

おさなごころを持つ4歳から150歳向けダンス作品。さかさまになってしまった世界を救う鍵は、子どもたちのイマジネーション。フランスを拠点に活動する振付家・ダンサーの伊藤郁女が、「子どもの想像力は世界をひっくり返し、救うことができるのではないか」というテーマのもと創作した作品。2023年の初演を経て、子どもたちとのリサーチやワークショップを重ねながら、2026年に新たな形で上演された。物語性をあえて限定せず、「子どもの想像力」と「大人の幼心」が出会うことで、親子がそれぞれの視点で作品を受け取り、対話を生み出す舞台となっている。 

振付・構成・演出:伊藤郁女
出演:川合ロン、Aokid、岡本優、浅川奏瑛
声の出演:伊藤博史、こどもたち(熊猫幼稚園、横濱中華幼保園)

KAAT神奈川芸術劇場 公演
会場:KAAT神奈川芸術劇場 中スタジオ
日程:2026年5月2日(土)~5月5日(火・祝) 

川崎公演
会場:川崎市アートセンター アルテリオ小劇場
日時:2026年5月24日(日)14:00開演(13:30開場) 

次回公演情報

KAATキッズ・プログラム2026『子どものためのうつくしい国』

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