子育て座談会~俳優編①~(前編)

1.子連れ稽古場のリアルと試行錯誤 

松本 俳優さんとスタッフって、同じ舞台の仕事をしてても、スケジュール的にも内容的にも、全く働き方が違うと思うんです。 

私たち、メンバーが全員スタッフなんですね。きっと俳優さんには俳優さんの大変さとか、その分いいこともあると思うけど、分かんないねって。 

だから、俳優さんならではのお話を今日お聞きしたいなって思っています。 

例えば、おもちさんが前回公演されたとき、ご自分が大変だったエピソードとか、他のみんなはどうしてるの?みたいなことがあったら、ぜひ教えていただきたいんですが、いかがですか? 

おもち そうですね…その公演に関わる人たちが、スタッフさんも出演者たちも、赤子が来るだろうことを前提にしていてくれたのはすごくありがたかったかなと。 

人によって「あ~、赤ちゃん!」って来る人と、それを見てる人、みたいな違いはあるけど、子供がそういう場所に来てワーッて言ったりすることに対して、こう、フラットでいてくれてるっていうのはすごくありがたかったです。 

…でも、他はどうなんだろう?っていう気持ちにもなった、っていうか…フラットだったけど、これってもう、最低限の前提だよね、というか。それ以上のケア…授乳をしたりとか、離乳食をあげたりとか、居場所をどうするとかっていうところまで完備された状態では稽古場には入ってなくて、ライトさんが来て初めて「あ、おもちゃだ!」「あ、座布団持ってきてくださった…!」みたいな感じで。でも、もうそういうのはやっぱり、育児してる人・してた人じゃないと分かんないよな~って思いながらやってました。 

ライト ちょっとだけ補足すると、おもちさんの所属してる団体は「子育てしたり、地方にいたりして活動が難しい人も、演劇に参加できるようにしよう」っていう企画前提があって、「どうやったらいろんな生活を抱えながら持続的に公演ができるか」っていうのを試してみようって側面を持っているんです。 

だから、子供がいてもOKで、私も子供が1回稽古場に行ってるし、美術スタッフさんも子供がいる。そういう人を排除しないようにしないと、一緒にやりたい人と演劇できないよねっていう頭が多分あって、それで始まってる企画だったんですね。 

とは言っても、子供いる人みんなウェルカム!みたいな感じでスタートはしたけど、今おもちさんが話してくれたみたいに、稽古場に子供連れてきたけど…さてどうする?みたいなところは全然あるままでやってたんですよね。うちの子が当時5歳で、あと稽古場に来てた子は4歳とか5歳、ちょっと上で小学校3年生…小3の子は2時間見てましたね。通し稽古。 

おもち その子がちゃんとそういうのを見れる子ってのもあったんでしょうけど(笑)。 

ライト うん、そういうふうに、ちゃんと稽古を見れる子、iPad的なものを渡してたらとりあえず落ち着いてる子、とか、That’s 乳飲み子!とか、状況がすごい違いましたね。 

私覚えてますよ、おもちさん、子供背負ったまま……。 

おもち やりました!(笑) 

ライト 通しをしてましたよね(笑)。 

おもち そうそう、そうなんですよ(笑)。 

やっぱり、母親の意識として、子供がそこにいたら、絶対に頭にそのことが貼り付いちゃうんですよ。お芝居中も、子供にふにゃ、って言われたらもう意識がそっち行っちゃうし… 

そのときは通しをやってる途中で起きちゃったから、ダメだここで泣かれたら何もできない…!と思って。おんぶしたら、とりあえず泣かないんで、そのまま子を背負って、いることを忘れるというか、一体になってる感じで、やりました。 

松本 すご~い…。 

おもち やらせてもらえてよかった。よかったけど…(笑)。 

松本 いや、でも、めちゃくちゃ必死ですよね、それ。おもちさん自身がね。 

おもち や、そうです。普段お芝居する以上に、何かを開いて、こう…やってる感じ。 

(頭の上で手をぱーっと開くおもちさん) 

松本 理想を言えば、おんぶせずに通しができた方がいいわけですよね。 

おもち うん、全体を通して、連れてってももちろんいいんだけれども、誰かに預けられたらいちばん嬉しいです…そりゃそうなんですけど。 

まあ、毎回連れて行ってたわけじゃなくって、実家の母に託していったり、夫に頼んだりとかも多くて。保育園とかも特に入っていない状態なので、となると預け先問題とかもあるよなぁって…もう、この歳の子供2人いて誰が演劇できるん??って思いながらですね。 

ライト それはそうだよなぁ… 

おもち 子供が増えてまた壁にぶち当たってます。前回は子供1人だったので、母親に頼んで夜稽古場に行って何とかやるみたいなこともできたんですけど、2人は無理ですって言われちゃって。 

同じ子供がいるでも、何歳かとか、何人いるのかとか、親がどうしたいのかとかで、ベストって全然違うから、難しいよなって思います。 

松本 同じ団体に今も所属はされてらっしゃる? 

おもち そうです、今の団体で、できることを模索していきたいって思ってます。 

松本 今後も子供ウェルカムの方向性で行く感じなんですか? 

おもち そこは多分変わらないんじゃないかなって思います。 

ライト 稽古も、前半戦はZOOMでやったりするんですよね。 

どんなやり方をしたら稽古場に来る日数を減らせるかを模索してて、稽古期間をすごく長くとってZOOMで週1回集まるみたいなのを最初にやってみるとか、逆に稽古期間をギュッと短くしたらどうなるかとか、すごい実験はしてる感じがします。何がいちばん辛くないの?みたいな。 

松本 あぁ、素晴らしいですね。参加されてる方と話して、そうやって変わっていこうと、変えていこうとしてる。 

ライト まあ、ちょっと大変そうです。 それでも、そうやって試行錯誤しているよっていうことが、もっと広まってくれたらいいなって思ってます。 

おもち うん、確かにそうですよね。 

松本 取り組んでること自体がすごいことですもんね。 

子育て座談会~俳優編①~(後編)

子育て座談会~俳優編①~ 前半はこちら

5.小1の壁にもいろいろある

カブトムシ ちょっとお話、聞きたくって、ライトさん。あの、小1の壁の話を。

ライト 小1の壁。めちゃくちゃ高かったです。今も高いです。何が高いかって、ま、うちの場合ですけど、小学校にね、行きたがらなくなっちゃったんです。なぜかと言うと、小学校は勉強しなきゃいけないから大変なんですって。
保育園って、大体遊んでるし、すごい楽しかったから、やっぱ保育園の方が良かったみたいな感じになっちゃって。子供が保育園と小学校のその差にぶつかったのをサポートしな
きゃいけない、って壁だった気がします。

カブトムシ う~ん。

ライト 今自分で言ってて思ったけど、子供が壁にぶつかったってことなのかもなあ。うち、小学校に上がるタイミングで、ここしかないと思って引っ越しもしちゃったので、友達もいない状態で小1になったから、あぁ、行かせるのが大変だな…っていう。

カブトムシ そっかぁ…。

ライト あとは、学童にも入っていて、6時にお迎えに行くっていう、そこの時間がちょっと変わったとか、そういうことはあったりするんですけど。

まあ、うちは「明日行きたくないなぁ~…」とか「今日は荷物が多いから行けない~…」とか、そういう感じです。でも、小1の壁って、みんな違うんだなって思ってます。

カブトムシ そこのケアというか。

ライト そう、子供をひたすら励ます時間ばっかりになってます。ひらがな勉強してきて、鏡文字を全部先生に直されてめちゃくちゃへこんで、もうやだ!できない!みたいなのを、毎日励まし続けてます。……励まし疲れてます(笑)。

カブトムシ それで仕事に影響とかってありました? 小学生になってリズムが変わるとか…。

ライト 変わりました。めちゃくちゃ変わった。

実は、新しい環境に慣れるのが苦手な子だなって思ってたので、4月から6月は自分がメインのプラン仕事はほとんど入れなかったんですよ。無理だなって思って。6年間で今年は0歳の時に次いでスケジュールゆっくりにしてます。去年よりも仕事は全然減らしました。自信なかったので。

松本 今も娘ちゃんはまだ壁ですか?

ライト まだまだです。小学校に上がったら、みんなひとりでランドセル背負って行く気がするじゃないですか? うちはランドセル背負うと「あ~、重~い、後ろ倒れちゃう~」ってわざとするくらい行きたくない(笑)。ので、今日も自転車で送ってきました。

でも、これはみんなに伝えたいんですけど、1年生だけじゃなくて2年生とか3年生でも親御さんと来る子ってわりといて、あ、今ってそうなんだ、自分たちの頃とは全然違うなって。

最近初めて、家出てから「今日は大丈夫」って、突然ひとりでピュピューンって行って、夫と涙した日があったんです。次の日あっさり「今日無理」ってなって自転車で行ったんですけど(笑)。

ちょっとずつ、半分ついて行ったら後はひとりで行く、とか、そういうのを1歩進んで2歩下がる、いや、3歩進んで2歩下がったり? しながら、まあまあやってます。

松本 夏休みはどうするの?

ライト 夏休みは毎日学童に行きます。基本的には。うちの学童わりと楽しいらしくって、大丈夫そう。うちの子、保育園行ってたから、つい最近まで夏休みって存在知らなかったんですね。「7月半ばから8月の終わりまで、学校行かないんだよ」「その期間全部学童に行くんだよ」って言ったら、「え!すごく嬉しい!」「超最高じゃん!!」って言ってました(笑)。

松本 うちも、今上の子が年長なので、それこそママたちが小1の壁に戦々恐々としてて。

前よりも母たちの繋がりが強くなって、「学童はどこ行かせる?」「それだと条件的に放課後保育だね」とか、集まってはそういう情報交換、みたいな。

あと、小学校上がるまでに、雑巾を絞れるようになりましょうとか、和式トイレ使ってみましょうとか、そういうことが言われ始めてきて…。

ライト 誰から言われるんですか? それ。

松本 保育園だよりみたいなのに書いてあったり、あと、うちは通信教育やってるんですけど、そっちでも、小学校に行くまでにこれやれるようになろうねっていうのがあって…おたまでお味噌汁をすくう、とか、そういうこと?

ライト あ、給食当番あるから。

松本 そうそう、そういうのなのかな。なんかあれもやらなきゃ、これもやらなきゃみたいな、すごいこの1年、小1に向けてドキドキしちゃう。うちの子はどうなるのかな…って。保育園よりも小学校低学年の方が大変だみたいなのをやっぱり話で聞くから、うーん、落ち着かない…って思います。

ライト 本当にそれは…でも、それで言ったら、小学生のための準備は私、全然しなかったです。ひらがなも、全部読めはするけど書きは鏡文字出ちゃうくらいだったし、和式トイレ未だに使えないと思います。今、和式トイレ使う場所も無いし、学校以外でどこで練習するんだろうって思ってるうちに……でも、山小屋とか行ったら困るから、いつか練習しようとは。

あと、ちょっとそういう話になったから言うんですけど、男の子のことよく分かんなくて。大変じゃないですか? トイレ事情。

松本 うちは保育園で立ちトイレの使い方の練習をしてくれて助かりました。それとは別に困ってるのが、外出したときに夫がいない場合、息子を1人で男性トイレに行かせることになるので、自分がついて行けないのですごく心配で。汚いところ触ってないかな、こぼしてないかな、とか。うちの子結構身体が大きいから女子トイレにはもう連れて行けなくて、そこで男女差のハードルを感じます。女の子だったら一緒に行って確認できるけど。

ライト そっか。それ考えたことなかった。

松本 小さいうちは全然、一緒に女子トイレ行けると思うけど、ちょっと大きくなってくると、そういう問題も出てくるかなって。そして、それに関しては何も解決できないな~、みたいな。

カブトムシ あと、お風呂?

松本 お風呂もいつまで一緒に入ろうかなとかは考えます。そろそろお父さんに任せたいんだけど、今はお父さんが帰ってくるのが遅いから…そろそろ、もうひとりで頑張ってねっていう感じかな。 だんだん性教育的なこともね。始まってくる。考え方が。

ライト え、難しい。難しいよー。難しすぎるぅ…。

おもち めっちゃ分かります。私は女の子で、女の子として育てられたんで、年頃になったときに、なんて言うか、危険なタイミングの対処の仕方とか、身をもって分かることがいっぱいあるけど、男の子は、男の人生を通ってきてないので、どういうときに危ないとか、あるいは男ならではのこういうの嫌だった、とかが、私はきっと分かってあげられないから、どうしてあげればいいんだろうみたいなのをやっぱりちょいちょい思いますね。

自分の目の届かないところで…じゃないですけど、どうしても分かってあげられないことがあるんだろうなと思うと、葛藤があります。

わがやのスケジュールお見せします!④

対象者の紹介

今回教えてくれたのは…舞台美術家Rさん(配偶者:グラフィックデザイナー(フリーランス)、お子さん:長女6歳(保育園年長))

夫には、稽古期間は週1〜2回、お迎えを担当してもらっています。

夫やシッターさんに迎えに行ってもらうことで、舞台の仕事を継続できている状態です。

娘が大きくなってきたので、保育園お迎えの後に稽古場へ連れて行けることも増えましたが、関わっているカンパニーの方々の理解に感謝しています。

子育てにおいては、イレギュラーなことが多い働き方をしているので、理想的な「ルーティン」を作りにくい生活になってしまっており反省ですが、夫と一緒に協力しながら、愛情をもってこれからも育てていきたいと思っています。

「保育園に、入れない」

はじめに

はじめまして。小林義典と申します。

プラットフォームデザインlabにて僭越ながら、僭越ながらの意味わかってんのか、コラ、ム、そんな大層なものになるか不安!ですが、子育てについての文章を書かせて頂きます。頂きます、て書きますでいいやろ。書きます!よろしくお願いします。

書くことへの憧れと、読んでもらえるか不安、素直に書きたい、面白おかしく、でも切実な思いを伝えたい、様々な思いが交錯して、書いています。ところで今、書いているあなた、何者ですか?簡単に自己紹介をします。

小林義典、こばやしよしのり、39歳、俳優です。一児の父。埼玉県在住。

俳優だけでは喰えていませんので、バイトをしながら妻と子の3人暮らし。

2017年6月に結婚。2021年4月に息子が産まれました。息子は現在4歳です。

この4年、いや5年、振り返れば、色々、本当に色々!みんな、そうですよね!そう、ぼく、ぼくたちにも色々ありました。コロナ禍、妊娠、東京から埼玉へ引っ越し、予定日より1か月早い出産、東京五輪でバイト、妻が膠原病の混合性結合組織病という難病になり1ヶ月入院、0歳の息子を岐阜の実家に2か月半預けたり、地方公演の時は妻と息子に福岡の妻の実家に帰ってもらったり、息子は2歳になってもなかなか言葉が出てこなかったり、保育園に落ちたり、療育に通ったり、息子が喋るようになったり、それはもう色々。

正直、息子が産まれてあっという間という感覚より、人生が長くなりました。

子どもが産まれたらあっという間みたいな話を聞くことの方が多いのですが、聞いてた話と違うな!

ということで、「保育園に入れない」話を書きます。

保育園に入れない

まず産まれて早いうちから「保育園に入れる」ことを考えていませんでした。

妻が「2歳までは保育園に預けなくていいかなぁ」と言っていた言葉を言葉通りそのまま受け取り、2歳くらいまでは家で見るのもいいかなぁとぼくも思っていたし、保育園が必要になった時に通わせればいいかと考えていたと思います。そんなに深く考えていませんでした。なんとかなるかと思っていたり、または深く考える余裕がなかったのかもしれません。

そして、いざ2歳になって保育園に入れようと思ったら、全然入れませんでした。

2歳から保育園って難しいよ、とお気づきの方や、保育園入れるって大変だよって言いたい方もいらっしゃると思います。にしても、こんなに入れないものだと思いませんでした。

2024年4月から通わせたかったですが、保育園に入れたのは2025年6月から通えることになります。

およそ1年と2か月、決まりませんでした。

最初の申請は2023年10月。2024年4月から通える2歳児クラスに申請することにしました。

息子は2021年4月生まれ。2024年4月1日時点で2歳11か月。

申請する際にインターネットで調べると、埼玉県の私の住む市は埼玉の中でも保育園に入りづらい市のようでした。

引っ越した時は東京じゃなければ、保育園に入れるだろうくらいの軽い気持ちで引っ越していたし、保育園に預けるということを深く調べることもせず、引っ越し先を決めていました。あの時の自分の馬鹿っ!でも、ここに決めたのにも色々あったんです。

それにしても、2歳児クラスからの入園が難しいとは思いもしませんでした。

保育園に通わせたい理由は大きく2つあります。

子どもが2歳になっても全然言葉が出ないこと。

妻が在宅ワークを始めたこと。です。

2歳になっても、二語文がなかなか出てこない。多少単語は言えてました。

例えば、とうもろこしのことは「こーしー」。父ちゃん、母ちゃんは「ちゃーちゃん」で、ニュアンスでどちらか分かる感じでした。「パン」は言えていたし、他にも単語は少し言えてました。

意思疎通は出来ていると感じていたし、もう少し様子を見ようと過ごしていましたが、2歳8か月ほどになってもなかなか言葉をしゃべらない。

でも、保育園に通い始めれば、他者との触れ合いが増え、自然と話せるようになるものかなと思っていました。

そんな思いでしたが、保留通知が届きます。

2歳まで保育園をまったく利用していなかったわけではありません。一時保育という制度の中のリフレッシュ保育、月2回預けられる、というものを申請し預けたりしていました。毎月2回預けられるわけではなく、空いていればということなので、預けられない月もありました。

このまま保育園に通えなかったら、妻の仕事も難しく、仕事をさせてあげられない負い目もあり、どうしようという焦りから、息子を預けられるナニカを探すことになります。

そこで『一時保育』と『療育』を考えることになりました。

バランスって一体なんでしょう

 主に演劇、ダンス、ミュージカルの舞台音響家、大学の講師。ときどきダンスや演劇のワークショップファシリテーター、振付、ダンスの作品づくり。ごくごくたまに自分で踊ったりしています。

フォトグラファー/ダンサーの妻と息子の3人家族というチームです。

「子育て」と「舞台芸術」、その関係を意識した出来事、今感じていることなど、つらつらと書かせていただきます。

 今から約10年とちょっと前、当時スタッフとして関わっていたダンスカンパニーは、出演者の半数以上が子どもを育てながら活動していて、稽古場にも必ず子どもを連れてきていました。そこにいる全員が子どもたちそれぞれを尊重しながらも、創作や稽古に向き合っている様を見て、このような場の形があるんだなと内心とても驚いた記憶があります。

 そのときの自分は、子どものワークショップやアウトリーチの機会が増えてきており、子どもとの取組に興味関心が向いていたのですが、普段の活動と子ども向けの活動というものをどこかで区別して捉えていました。もちろんアウトプットの形として、どこに矢印を向けるかの違いはありますが、基盤となる創作の現場=稽古場に生活と創作が入り混じっているかたちを目の当たりにして、じゃあ今まで自分が考えたり常識と思っていたことはなんだったのだろう?という疑問がはじめて生まれてきたのでした。

仕事場に子どもを連れてくること、それによって、創作の現場にも大人と子どもの関係性にも変化が起こること。創作と生活を切り分けて考え、このままずっと活動していくんだろうなと思っていた当時の自分が、それからの生き方を考えていくきっかけだったと今あらためて思います。

 時がたって、自分の創作活動のペースはセーブしつつ、主にスタッフとして舞台の仕事に従事するようになった現在。もっともっと現場に気軽に連れてこられる環境になればいいのに、と思う反面、それがたくさんの人の負担になることも十分に理解しており。そして何より子ども本人の体力的・心理的負担を考えると、何が一番最適か?を常々考えています。

音響という職種の特性上、長く稽古場や劇場にいることが多いので、いま動いている現場の創作体制に、子どもを連れて行くことを当てはめていくことは、どうしても無理があります。自分が全てを企画するようなものや、旧知のカンパニーであればまだ気軽に相談できるのですが、そのような現場ばかりではなく、まして地方公演でツアーに出るようなものだとどうしても一定期間家を空けざるをえず。

いや、きっとやりくりしていけばどうにかなるのだろうと思うのですが、前述のとおり、自分が子どもだったら、常に親の仕事に連れられている毎日をどう思うか?を同時に考えてしまうのです。

 現状まだ答えは出ておらず、そのときそのときで、仕事と子どもの学校とのバランスをどうにか見つけて(場合によっては実家や親戚や近所の友達に頼りまくり)綱渡りのようにシフトを組んでいる日々で、誰か一人でも風邪をひこうものならあっけなく崩壊する人手不足のバイト先さながらシフトを組んで回しております。

こうして仕事ができているだけで、私は非常に恵まれた環境にいるのかもしれません。

「バランス」と書きましたが、その実、私と妻のそれぞれの仕事と家事育児の負担は、どうしても不均衡です。一定期間現場にいないと成立しない、オペレーターのような公演のランニングスタッフと、稽古やゲネを撮影する写真の仕事では、それに応じて時間的な制限も猶予も変わってきてしまいます。特殊なケースかもしれませんが、舞台に関わる様々な領域の仕事の人間がそれぞれのタイムラインで動いたときに、一番皺寄せを食うのがどのポジションなのか、そしてその人の生活や家庭にどういう影響を与えるのか。

お前たちの考えるバランスは本当にバランスがとれているのか???特定の誰かに負担を強いることで成立していないか???

どのようなプロダクションでも、そこに関わる人の生活や環境を想像して、一緒につくりあえる関係性のなかで創作ができたらいい、と思っています。小さいところからコツコツと。

 ここ数年でもめまぐるしく自分たちの環境も周囲の環境も変わってきています。家の引っ越し、小学校生活、体の変調、などなど。。。日々に流され、生きて行くだけで精一杯の毎日ですが、ことあるごとに今自分が置かれている足元を見つめて、現状維持せず未来に向かって改善・進歩していきたいと思います。

to R mansion赤ちゃんや子供向けの作品を作るようになったワケ

「子ども向け」ではなく、「子どもも大人も楽しめる」ライブ体験の機会を創る

「赤ちゃんや子どもが、生の音楽や目の前で物語が紡がれる演劇に慣れ親しんで 成長することは絶対心や感性に良い!そして自分も一緒に楽しみたい!」 出産してすぐ、そう思っていました。

ですが、なかなか難しい現実がありました。 自分がそれまで大好きだった劇団は未就学児童入場不可。 当時はリラックス公演というものもほぼ存在せず。 子ども向けと書かれているものに行ってみるも、なんとなく付き添いで行っている感覚に陥って、自分の好みではない。 いざ行ってみたいと思って予約すると、 電車に乗って行くのも、時間に間に合うように準備して行くのもめちゃくちゃ大変。

子どもの体験ももちろん大切だけど、大人の満足感、めちゃくちゃ大切! 子どもを場所に連れてきてくれるのは大人。 大人が満足できる質の高さや、安心感が必須。 大人が思い切り笑ったりできる視点も大事!だと考え始めました。 子どもが笑うことは大人も嬉しいけど、逆も然り。大人が声を出して笑うことは、子どもにとっても凄く嬉しいこと!

「子ども向け」ではなく、「子どもも大人も楽しめるライブ体験」を提供できるカンパニーto R mansionにしたいと考えたのはその頃から。 子どももお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、隣の知らない人もみんなが一緒に笑ったり楽しんだりしてほしい。 そうしてto R mansionでは、最初の舞台公演から、0歳児入場可としてきました。

劇場に来る習慣がない、来れない人にもパフォーマンスやステージアートを届けたい

劇場に来る習慣がない、さまざまな事情で劇場に来れない人たちにも、パフォーマンスやステージアートを届けたい!もっともっと沢山の人に!と思い始めました。

劇場で私たちが来てくれるのを待っているだけではなく、私たちから届けに出向いて行こうと思い始め、ストリートパフォーマンスを始めました。いわゆる大道芸です。

自分たちのスタイル・身体を使ったフィジカルコメディシアターの手法はそのままに、通りすがりの子どもも大人も知らない人同士が一緒に笑ったり喜んだりする風景は、まさに当時の理想的な風景でした。

子どもも大人も、劇場よりもリラックスしていて、ベビーカーごと見れたり、犬を連れていても一緒に見れたり、杖をついたおじいちゃんも、車椅子のご婦人も、酔っ払いのおじさんも、近所のお店の人も、さまざまな人が知らない人同士肩を寄せ合って、ひととき一緒に笑って楽しんで、またそれぞれの日常へと去って行く。 ストリートシアターを観て、劇場公演に来てくれる方も大勢いらして、現在のto R mansionのお客様の4分の3くらいは、この大道芸をやり始めて知り合った方々ばかりです。

2歳だった子供たちはもう大学生になっていたり、高校生だった女の子は、大人になり、結婚して、赤ちゃんが生まれたら、0歳の時から一緒に劇場に来てくれます。

劇場には劇場でしかできない演出があり、ストリートでは、ストリートだからこそできることがある。 その両方の経験が、今もとっても役立っています。

その頃自分の息子は、大道芸の時はお客さんとして一番前に座って、他の子供達と一緒にみたり、劇場では楽屋やロビーでスタッフの皆さんに大変よくしてもらっていました。

それもあり、to R mansionでは、稽古場も仕込みやバラシもゲネプロでも、いつでも子どもの参加は大歓迎です。特に通し稽古は子どもたちの反応が、私たちの作品の場合はダイレクトに関わるので、ブラッシュアップができて助かりますし、バラシや仕込みも、お掃除やグッズ作りなど、様々な場所で子どもたちが活躍してくれています。 どのスタッフさんも、全ての子どもにも「助かったよ!」「ありがたいよ!」など優しく声をかけてくれるので、子どもたちも誇らしそうにしていてとっても可愛いです。

子どもを始め、様々な年齢の人たちがそれぞれに活躍できるのは、舞台の仕事の素晴らしいところだなと思っています。キャストやスタッフが赤ちゃんや子ども連れで参加してくれたらとっても嬉しいです。会社で働くお父さんの姿は子どもは見学できないですが、 沢山の働く大人の姿を子ども達が目の当たりにできるのは良い機会だと思っています。

将来、舞台の仕事したいなんて、思ってくれる子どもがいたらより嬉しいなと思ったりしています。笑

現場を離れた今思うこと

今の生活について

舞台の現場から離れて4年がたちました。

その間二人目が生まれたのですが、その長女がとにかくよく病気にかかります。

2歳になったばかりの彼女は、ミルク/乳製品アレルギー・アトピー性皮膚炎・喘息と、あらゆるアレルギー疾患があり、毎月の定期受診が外せない上に、クループや低血糖などで入院を繰り返しています。

あと食物アレルギーの負荷テストでも入院をするので、最近ではずいぶん入院慣れしてきました。

今現在私は福利厚生が手厚い会社でパートとして働いているので、保育園からの突然の呼び出しや、子の病気による当日の欠勤、入院による突然の長期欠勤などにも柔軟に対応してもらっています。

聞けば同僚の中には介護のために私以上に欠勤している方もいるらしく、そういった家庭の事情に寄り添ってくれる会社を思うと、会社のために働く意欲が高まります。

舞台の現場から離れて4年。

長女を授かったのをきっかけに、小さな団地に引っ越したのですが、敷地内にうち専用の畑をもらえたので、今はアスパラガスと茎ブロッコリーとトマトを育てています。

すごい適当に育てているので、茎ブロッコリーの葉は信じられないくらい青虫に食われ、まわりではモンシロチョウがひらひら舞い、アスパラは収穫のタイミングがわからず木みたいに成長し枝葉をのばし、この先どうしたら良いのか、野菜を育てるって簡単なことではないなと実感しています。

毎朝フェイスパックをしながら床掃除することを日課とし、働いて、子どもと一緒に帰り、夕方になれば洗濯を取り込み、夜は子どもが寝たらこっそりアイスを食べてストレッチをする。毎日同じように過ごしています。

舞台が日常にあった頃と今に至る経緯

私は15歳の頃から地域劇団に入り、俳優活動を始めました。その後もずっと俳優を続けていましたが、27歳のときにスタッフへ転職。まずは演出助手から入り、その後は舞台美術の工房で美術を学び、同時に演出部でも働き、とにかく声がかかれば職種を問わずなんでもやりました。

現場をしていた時は、毎回違う団体と関わり、そんな中で縁ができた団体と新作をつくることに喜びを感じ、毎日が刺激にあふれていました。

もともと物語が好きで、ドラマも映画も舞台も小説も美術展も、好きなものがたくさんあり、その好きが仕事につながっていることに幸せを感じていました。

32歳で結婚したとき、まわりに子どもを育てながら現場をやっているスタッフの方がいたことから、現場と子育てを両方やりたいと強く思うようになりました。

子育てと仕事を両方続ける方法について色々想像しましたが、そもそも子どもができるかどうかわからないし、または子が健康かどうかもわからない状況で想像するのは難しく、とにかく授かったらその時考えよう、ということで妊活を始めました。

34歳で1人目を妊娠し、その後もできる現場だけは続けていましたが、1人目が産まれると今度は2人目が欲しいという気持ちが強くなり、そうなると現場復帰への積極性が持てなくなり、だんだんと仕事が無くなり、1人目が3歳になる頃には舞台の仕事は完全に無くなり、近所でのパート1本になりました。 2人目が産まれた今は、もう自分から復帰をするための努力は全くしなくなりました。

子育て中に演劇は無理ゲー?

はじめに

こんにちは。旅する演出家、黒澤世莉です。好きな食べ物はカレーです。

この記事では「子育てをしながら演劇を続けること」について、私が直面した現実と、そこから見つけた小さな工夫をお話しします。
私は子育て当事者ではありません。でも、子どもを育てながら活動する俳優やスタッフと一緒に、15年間作品をつくってきました。今は演劇サークル「明後日の方向」(https://asattenohoukou.com)の活動を通じて、だれでも続けられる演劇活動を模索中です。

最初は当事者の努力に頼っていました。時間をかけてだんだんと、「これまでの演劇の当たり前」は子育て世代にまったく合っていないし、それは業界全体の構造の問題だと思うようになりました。

リハーサルは夜が中心で、週に5回を1か月。子どもの急な発熱や保育園の呼び出しなどで、稽古の休みを取るのも気が引ける。現場では相談できず、子どもの面倒を見てくれるシッターさんや家族の調整に時間とメンタルを削られる。初めての子育てでただでさえ大変なのに、演劇をやろうとすると高すぎるハードルを次々と越えていかなくてはなりません。

そんな大変な環境でも、演劇を続けたいという思いを持つ俳優やスタッフがいます。
これは、そんな仲間たちと一緒に試行錯誤を重ねてきた「3つの実験」の記録です。
とても完璧と言えるようなものではありませんが、子育て世代の負担をできるだけ小さくしながら演劇を続けるためのヒントにはなると思います。


実験1:1年かけて作品をつくってみた

「毎日リハーサル」の壁

演劇のリハーサルといえば「公演前1か月毎日」やるもの。ある界隈ではそれが常識だと思われています。しかし、子育て世代にとっては不可能に近いやり方です。

「子どもが熱を出した」
「預け先が見つからない」
「寝かしつけの時間と稽古が重なる」

越えなければならないハードルがずらりと並びます。
そこで「1年かけてゆっくり作品をつくる」という方法を試してみました。
オンラインリハーサルと、月に2回程度の対面リハーサルを、1年通して積み重ねて、公演に臨みました。

この方式の利点は、まず精神的な余白が生まれること。

従来の1か月集中リハーサルでは、期間中に時間の余裕を確保しにくく、生活のすべてを演劇中心にする必要がありました。結果として、子どもへのケアをする時間が取れず、子どもや共同生活者への負担が大きくなりました。
一方で、1年かけてつくるとリハーサルの間に余裕が生まれます。子どもの行事や家族の予定を大切にしながらリハーサルに参加できる。買い物や定期検診のように「日常の予定の一つ」としてリハーサルを組み込むことができます。

もうひとつの長所は、時間をかけるほど作品が深くなるということ。
俳優が生活の中で作品を咀嚼しつつ、リハーサルの中で演じてみて、また生活の中に戻っていく。この繰り返しが、俳優個人の中でキャラクターがしっかりと根を張りました。対面では、そのキャラクターを持った俳優たちが集まることで、演劇作品として一段深い味わいにたどり着くことができました。

もちろん、1年かける欠点もあります。
単純にスケジュールの調整が大変です。忙しい俳優たちは何本もの作品を掛け持ちしています。他のプロダクションは「公演前1か月毎日」で創作をしています。こちらと並行して作品を作ることは簡単ではありません。どちらかのプロダクションにNGを出すことになります。しかし、これも1年かける中であれば、ある程度のNGを許容する余裕はあります。プロダクション側で調整しながらリハーサルを進めていくことで、乗り越えられることでした。

また、単純に慣れない創作方法だということもあるでしょう。ずっと先だと思っていた公演が、いつの間にか1か月後になっていて、それなのにリハの回数はあと数回、となって焦ることもありました。

1年かけるということは「時間を味方につける」ということです。この方法は、子育て世代が無理なく関われる形の可能性の一つだと思います。


実験2:公演は2本立てにしてみた

公演を休むを「当たり前」に

もう一つの実験は「公演を2本立てにする」です。
A作品とB作品の2本を上演して、俳優はどちらか片方にだけ出演するという方法です。

従来の公演は、シングルキャストの場合、すべての俳優が全ステージに出演するのが前提です。
これが子育て中だとけっこう厳しい。1日の公演であればともかく、一週間を超えるステージに休みなく出演するのは大変です。子どもへの負担も高まりますし、預け先を見つけることも難しい。

だったらもう「半分オフ」にしちゃえばいいじゃない!
というわけで2本立てです。

この方法だと、出演する公演が半分になるだけではなく、リハーサルも半分になり、スケジュールに余白が生まれます。公演期間中の子育てが、ある程度現実的になってきます。

一方で、「どうせやるからには全部出たい!」あるいは「リハや公演に出ないことを後ろめたく感じる」そんな俳優もいるかもしれません。その気持ちも分かります。でも、他の考え方もあるかもしれません。

「全力で取り組む」=「全部出る」ではないはずです。全部出ることだって素敵なことですが、作品への貢献は他のやり方でもできるはずです。たとえば、得意分野を活かす方法があるはずです。隙間時間でのリサーチや、経験に基づくリーダーシップ、あるいは子育てしながらでも演劇を続けられるという可能性を伝えること。そういったサポートを心強く思うメンバーはきっといるでしょう。

自分にできないことではなく、自分の強みで貢献すればよい。これは子育て世代だけでなく、演劇に関わるすべての人にとって大切な視点だと思います。


実験3:対面は最小限にしてみた

テクノロジーを活用する

最後の実験は「対面リハを最小限にする」こと。
オンライン稽古を活用して、対面では月1回だけ集まるスタイルを採用しました。

コロナ禍で浸透したオンラインツール。「オンラインは仕方なく使う代替手段」あるいは「ミーティングはできるけど、リハーサルには不向き」とされてきました。

その当たり前を疑ってみる。画面越しでもできることはあるのではないか? 言葉の温度や呼吸の間は伝わるのか?
結論、戯曲読解やディスカッションには非常に有効でした。

もちろん、オンラインの限界はあります。
身体を動かしてつくるムーブメント、俳優同士の間に生まれる機微の共有は、やはり対面でないとできません。なんなら対面リハーサルは無限にやりたい、というのが演出家の本音です(そんな演出家ばかりじゃないかもしれないけど)。

でも、無限にできないことは当たり前なので、合理的に考えました。
そして「オンラインと対面を組み合わせる」ことにしました。オンラインでリハを積み重ね、戯曲やお互いへの理解を深める。対面では、少ない時間を有効に使うよう知恵を絞りながら、対面でないとできないことをやる。

オンラインがあることで、移動時間がない、短時間で定期的な予定を組むことができます。「子どもが寝たあとだけ参加」「途中で抜けてもOK」など、柔軟な関わり方ができるオンラインの活用。
それが「演劇を続けられるかも」と思える小さな一歩につながればいいなと思っています。


おわりに

この3つの実験は、子育て中の俳優やスタッフを救う魔法の方法ではありません。
それでも、試行錯誤を重ねる中で「どうすれば子育てをしながら演劇を続けられるか?」と暗中模索する方々への、ヒントにはなったらいいな思います。

最後に、私がなんで子育てしていないのにこのような実験をしているかを書きます。
結論から言えば、子育て中でも一緒に演劇をやりたい俳優・スタッフがいるからです。「一緒に演劇やりたいから、一緒にやれる方法考えようよ」という感じです。

そもそも、男女の演劇人が子育て中の場合、男性は演劇の仕事ができて、女性はできていない。そんな状況をよく見てきました。それも一度二度ではなく、しょっちゅうです。
なんか、不公平じゃない? なんで女性ばっかり活動が制限されるのよ? というモヤモヤが起点になっているのかもしれません。

子育てもしていないくせに偉そうにものを書くな、と思われる向きもあるかもしれません。そういう方、いちいちご尤もです。

ですが、業界全体が子育てしやすい方向に歩みを進めるためには、子育てしていない層も巻き込んだほうがいいのです。絶対に。なので、納得いかない部分もあるかもしれませんが、一緒に協力して、子育てしやすい業界にしていきましょう。

今回はここで終わります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

踊る場を、ともに

こんにちは、永井美里です。ダンサー・講師・コーディネーターなどをしています。現在42歳、自然に近い場所で暮らしたいと、3年ほど前に東京から千葉の外房エリアに引越し、2歳のダウン症の息子を育てています。

夫とは20代のころからAAPAというグループで舞台公演、スタジオの運営、クラスやワークショップなどの活動をともにしてきました。長いこと仕事もプライベートも一緒くたになるような生活でしたが、出産をきっかけに、「仕事」と「活動」と「生活」と整理し、東京でのスタジオクラスの仕事は夫に任せて自分は離れ、千葉で子育てを中心とした暮らしに変えました。

踊ることと、子育て

ダンスを中心に生活していた自分は、30代半ばに近づいたあたりから、こどもを育ててみたい気持ちと、こどもを持たずにダンス活動を続けたい気持ちが、複雑に混在するようになりました。しかし、海外のコンタクト・インプロ・フェスティバルで子連れの講師と出会ったり、こどもと大人が踊る姿を目にしたりするなかで、「踊りか、子育てか」二者択一ではなく、「こどもを育てながら踊り続けること」を具体的に想像できるようになりました。そして、そこから新たに広がる可能性にワクワクする自分がいました。

こどもといる場、ちいさな試みから

こどもが生まれてから、こどもと一緒にいられる踊りの場をつくっていきたいと、ちいさな試みを重ねています。コロナ禍を機に始めたオンラインクラスは、産前1ヶ月前まで続け、産後3ヶ月から再開しました。最初は夫や母親にこどもを見てもらえる日に実施していましたが、参加者の方にも了承いただき、こどもと一緒にいるなかでクラスをするようになりました。時にこどもも一緒に動いたり、必要なときは抱っこしたり、私自身も新たな実践を試しながら、今も続けています。

また、自宅から電車で40分ほどの場所で行っている「CIいすみ」では、夫と一緒にこどもを連れて行き、ワークショップ講師をしたり、参加したりしています。大人を対象にした場ですが、自分の妊娠中に地域の人と共同で始めたので、自分達のこどもがともにいることを自然と受け止めてもらえていて、こどもの存在も一つの創造性として場にあることが、とても心地よいと感じています。ちいさなコミュニティでも、こうした場があることが、自分にとってとても大切になっています。

出産が、これまでの自分との断絶を感じるものになっていたら、孤独や不安を感じていたかもしれません。「仕事」として成立しなくても、無理なく、自分も安心していられる人達と、ちいさな試みを続けてみること。それは、妊娠・出産という大きな変化のなかで、自分を支えてくれました。

こどもとおとなの「ななめの関係」

2025年6月に、3人で長野と山梨に10日ほどの旅をして、先々でワークショップをさせてもらいました。上田市では親子で参加できる「~触れる、つながる、踊る~ ちいさなこどもと大人のオープンスペース」をひらきました。このときに大事にしたかったのは「こどものための場」ではなくて、「大人が動ける場」にすることと、「親子ワークショップ」ではなくて、こどものいない人も参加できる場にするということでした。それは私自身の経験から、こどもがいる人もいない人も、大人とこどもが「親子」という関係に限らず「ななめの関係」で出会える場から生まれる可能性に興味があったからです。

当日の参加者からは、普段はしないようなからだの動きや、こどもたちとの関わりあいがあって楽しかった、癒されたという感想のほか、こどもがいることで解放しやすかった、大人だけの場だったらこんなにすぐに自分をひらくことはできなかったかも、という言葉が印象に残っています。

創作・公演について

こどもが1歳になる昨年、自分が振付・出演する公演『はなす』をAAPAで企画しました。夜のリハーサルや公演はしない、各出演者のソロダンスを軸に構成するなど、創作手法やスケジュールを見直し、公演会場でのリハーサルや本番期間中にはシッターさんにお願いして実施しました。しかし、その後も同じ形を継続するのは心身ともに疲労が大きいと感じ、疑問が残りました。そのため今年は、12月に行うAAPAの企画に向けて「疲労と回復」をテーマに対話を重ね、こどもと暮らすなかでの変化を言葉とダンスにすることに取り組んでいます。

昨年の『はなす』の創作ノートには、『踊ることは、人生のなかで「やめる/諦める」ものではなくて、いつも寄り添いあえるものであってほしい』と書いていました。その意味をあらためて考えたとき、これまでと同じ公演という形にもどるのではなく、創ることや踊ることを暮らしながらともに楽しむ方法を新たに見つけることが、今の自分が目指す「回復」なのだと思います。


12月のパフォーマンスに向け、こどもとともに稽古場に。

あっという間の中で

 「子どもが生まれるんです」と諸先輩方に報告した時に、「あっという間だよ」と口々にアドバイスを頂いたことが、今でも忘れられない。

 「俺は!演劇で売れる!」と息巻き、やみくもに演劇をやっていた20代、30代前半こそ、私にとってはあっという間だった。思うような結果が出ず、結果が出ないからこそ時間を費やし、「こんなにも時間があるのに」と憤りながら、いつも時間がなかった。

 35歳で子どもを授かってからは、いよいよ時間がなくなり、フルタイムでバイトするだけでも、家族と過ごす時間が十分じゃないのに、そこからさらに演劇に費やす時間を見つけることはもはや不可能に思えた。

 「もう演劇はできないのかも。」

 私が甲状腺機能亢進症という病気を患ったのは、そんな風に思い始めた矢先のことだった。

 「常に50m走をしているような体の状態」と説明を受けた当時の私は、体重減少、関節痛、動悸などに悩まされ、些細なことにイライラしやすくなっていた。抱っこさえままならない自分の体にイライラが止まらず、みじめな気持ちが毎日私を通り抜けた。

 バイト先で育休を取得したのは、病気の発覚から少し経った夏のことだ。バイトでも条件を満たせば育休を取れるけど、まわりの演劇パパの口から「育休」という言葉を聞いた覚えはほとんどなく、何もかも手探りで育休を取得した。

 育休期間に入った私は、まず妻とともに子どもと同じサイクルで生活を送った。毎日なるべく同じ時間に起き、食事をし、昼寝をし、スーパーに行き、風呂に入って、就寝した。

 毎日が同じことのくり返し。かつての自分なら、あるいはそう思ったかもしれない。

 ところが不思議なことに私は、同じサイクルをくり返しながらも、自分の中の時計の針の進みが、少しずつゆるやかになっていく感覚を抱いた。

 それは、子どもが一日一日、今を生きて、毎日何かしらの成長を見せてくれるからだった。新しい遊び方を覚え、新しい食材に挑み、新しいものごとに興味を示し、彼女は毎日、人間の可能性を私に教えてくれた。育児記録アプリに何かを打ち込むたびに自身の人間らしさを取り戻す感触があったし、健康も少しずつ回復した。

 子どもの成長に置いていかれたように感じて、自分を責めるんじゃないか?というネガティブすぎる懸念もしていたけど、それはすぐに晴れた。

 子どもが喃語(なんご)で何かを訴える時、自分もジブリッシュを使うことで、コミュニケーションを「取れた!」と感じることが多々あった。コンタクトインプロや殺陣で学んだ身体的なリスクヘッジが、子どもと取っ組み合う時に役に立ったし、何かに導こうとする時は演出家としての自分に幾度となく思いを馳せた。

 演劇だけの時間がなくなっても私は、演劇とつながっていた。そして演劇は子育てと、もっと言えば「日常」とつながっていた。

 もちろん育休は、あっという間に終わった。でもそのあっという間は、後悔に満ちたものではなく、子どもといっしょに今を生き続けた証のような、キラリ輝くあっという間だった。何より育休期間は、私の人生で紛れもなく一番楽しい時間だった。

 思えば以前の私は、常に過去を憂いていた気がする。過去にばかり目を向け、今その瞬間から目を逸らし、今を掴みそこね続けていた。

 それでも今は、たとえば「昔の自分はあんなに動けたのに」なんて、もうほとんど思わない。健康がクリエイティブに及ぼす絶大な効能を身をもって知ったし、「今時間ができたら、いよいよ凄いクリエイターになっちゃうんじゃない!?」などといった、自分の中のポジティブな自分の出現に困惑さえしている。

 今私はこのコラムを、バイトの行き帰りの満員電車の中でしたためている。以前は「移動時間しかない」と思っていたはずが、「移動時間がある」と思えるようになった。

 子どもは今や2歳に近づき、抱っこをせがむことができる。娘を抱える私の関節は次第に痛まなくなり、小さな体のあたたかさを喜べるようになった。劇場に足を運ぶことは減ったけど、子どもが夢中になっている『崖の上のポニョ』と『アンパンマン』を毎日観ている。同じ作品をくり返し観ることで、作品を捉える深度が上がっている気がしてならない。

 子育ては、生活は、そしておそらく人生は、誰にとってもあっという間の連続だ。私たちにできることは、そのあっという間にまっすぐ目を向け、その愛おしさを喜ぶこと。それだけなのかもしれない。

 今私は、いわゆる演劇活動をほとんどしていない。それでも私はあの頃よりずっと演劇をしているし、演劇が楽しい。私が思う「あっという間」を、誰かに作品として届けたいと、自分のペースで意気込んでいる。

 この瞬間にしか生まれない演劇を、私は、私たちは、きっと作れる。子どもは私に、そう教えてくれている。