小1の壁のこと

今となりで小学校1年生の女の子が宿題をやっている。
もうすぐ2年生になるんだなと少し感慨に浸る。

小1の壁はとても高かった。
でも1年経って、わが家の壁の正体が少し見えてきたのでそのことを書こうと思う。

小1の壁といったけど、そもそも舞台の仕事と子育ての両立はいつだって大変だった。
 
子どもが生まれる前も後も、私は照明の仕事をしていて、出産後もなんとか仕事を続けてきた。
我が家では娘が1歳のときから保育園に預け、私も仕事をしていた。
舞台の仕事は「17時にきっちり終わる」というわけにはいかない。
照明の仕事はざっくり言えば、演目に合わせてデザインをする作業と、本番の操作に分かれる。
子どもが生まれてからは本番の操作は人に任せ、私はデザインだけを担当する体制に変えた。
それでも、劇場入りすれば初日が開くまでは22時までは劇場にいなければならない。

娘は1歳で、コロナ禍の真っただ中の2020年8月に保育園へ入園した。
認可の私立保育園で、延長保育を利用すれば最大20時15分までのお迎えが可能。結局その時間まで預けたことはなかったけれど、延長可能というのはこちらの気持ちを楽にしてくれた。 もちろんそれだけでは22時までは働けないけれど、毎日のことではないから、夫とやりくりしたり、友人にお願いしたりしながら、なんとか乗り切ってきた。

今振り返れば、 1歳の娘は、こちらの都合に合わせるしかなかった。

何もわからないまま保育園に通うことになり、毎日を楽しみ、いつしか保育園に通うことは当たり前になった。
保育園に行きたくないと泣くこともあったけれど、あの頃の娘はまだ軽く、抱き上げて連れて行くことができた。
地方公演のときには、娘を保育園ごと休ませて連れて行って問題なかった。
実家の近くで仕事があるときには、娘を祖父母に預けて私は安心して仕事をした。
また、どうしても保育園に行きたくないという日には、親側の都合がつけば「じゃあ今日は休んじゃおっか」と柔軟に対応することも可能だった。

もちろん当時も、保育園に預けながら働くのは大変だったけれど、
保育園は、「親が就労するために子どもを預かってもらう場所」であり、
親の都合を子どもに合わせてもらいながらなんとか乗り越えてきたのだ。

かたや小学校。

小学校への入学と同時に、学童クラブも決まった。
延長利用をすれば19時まで預けられる。
時間こそ保育園より短くなったけれど、基本的に18時までは学童にいてくれる。
入学する前「小1の壁」とよく聞くけれど、具体的にどうなるのかいまいちわかっていなかった。

けれど、小学校に入ってしばらく経つと、なんとなくわかってきた。
保育園は「親が子どもを預ける場所」だった。
小学校は「子どもが通うべき場所」で、親はそのサポートをする。
概念がまったく違うのだ。

保育園の登園時間は親の都合に合わせられた。(7:30〜9:00の間に登園すればOK。この辺りは園による)
小学校は8:00〜8:15の間に登校する。しかも「自分で」行くことが前提だ。
娘の小学校には登校班とかは特になく、必要に応じて親が付き添うスタイル。


私は、しばらくの間、毎日一緒に登校していた。
「一人で行ってみる?」と声をかけても、「まだ無理」「7歳になったら」「2年生になったら」
付き添って学校まで送って時計を見ればもう8時15分。
ぐずったりトラブルがあれば8時半近くになり、そうなれば、劇場の9時入りには間に合わない。

帰宅時間というところでも
保育園時代は、クラスの友達の家庭はみな共働きでお迎えは大体18時15分のギリギリ。
早めに迎えに行く家庭は少なかった。

でも小学校は違う。
学童に行かない子もいるし、学童に行ってる子でも17時にみんなで学童から帰る子も、延長の子もいる。娘の通う学童は17時以降が延長で、延長であればお迎えが必要という決まりになっている。
(17時〜18時が無料の延長、18時〜19時が有料の延長)

仕事が終わってから迎えに行くから、だいたい延長でお迎え。
けれど、本当はお迎え一辺倒ではなくて17時にみんなで帰るという帰り方もさせたいし、延長だとしても1秒でも早く迎えに行ってあげたい。
娘も本当は延長はいやで、みんなと帰りたい。

親の都合で学校を休ませることも難しい。
これにより、18時や19時という時間にお迎えに行けないから現場に同行させる。地方公演に連れていく。私の実家に預かってもらう。という回避技は使えなくなった。

朝、強く言って一人で学校に行かせることも、
帰り、学童に延長で残らせて19時近くにお迎えに行くことも
別にできなくはない。
本当にのっぴきならないことならば学校を休ませることだって不可能ではない。

でもできれば、無理やり何かをさせたくないし、諦めさせたくない。
なにより保育園の頃より、娘は自分の気持ちがはっきりしてきている。
「こうしたい」「こうしてほしい」「これは嫌だ」
気持ちをわかってほしいという想いが強くなってきた。
意固地になられてしまったら、無理に何かをさせるのは難しい。

ちなみに夫はどうしているかといえば、ちゃんと一緒に頑張ってくれている。
でも、「どうしてもお母さんじゃないとダメ」と泣かれることもある。
それはやっぱり、平日の夜は基本的に私が面倒を見ていて、娘と一緒にいる時間が圧倒的に長いからだと思う。

正直、母は仕事にならない。

特集座談会① 後編

座談会登壇者プロフィール

半田桃子さん
プロデューサー/舞台制作。慶應義塾大学在学中に演劇サークル「創像工房 in front of.」にて松居大悟、目次立樹と出会い劇団「ゴジゲン」を旗揚げ。クリエイターとより風通しのよい環境での創作、さらに多岐にわたるジャンルの作品を幅広く世に送り出せるよう2020年に株式会社momocanを設立、代表取締役。

北澤芙未子さん
長野県出身。明治大学の演劇学専攻にて学び、舞台芸術制作者としての活動を開始。演劇ユニット「くちびるの会」の制作を担当しながら、大小さまざまな公演の制作業務を担う。子ども向け演劇の創作に関わりながら、舞台芸術公演の鑑賞機会格差解消というテーマに関心を寄せ、継続的に取り組んでいる。


露木友子さん(心理臨床オフィス inemuri)
公認心理師/臨床心理士
主に児童福祉領域で臨床経験を積み、2020年より、演劇現場のハラスメント対応に関わる。現在は、演劇に加え、映像制作現場でのメンタルへルスコーディネーター、オンセットセラピストとしても活動中。


小林愛子
プラットフォームデザインlabメンバー 照明家
学生時代に演劇活動から照明に出会い、早稲田大学卒業後、照明家としてのキャリアをスタートさせる。現在は自身も子育てしながら照明の仕事を続けるとともに、舞台業界に関わる人の子育てと舞台活動の両立を支援する活動に注力している。


前編はこちら
中編はこちら

後半:演劇をつくるためのチームビルディングとは

言っても安全な場を担保し続けること

河野 座組のなかに子育てが身近にない方もいると思いますが、そこでうまれるギャップはどうしていますか?

半田 子どもがいないメンバーは、稽古後にみんなが飲み会に参加してくれなくなったと寂しがっていて(笑)。そういった稽古終わりの時間が楽しくてやってきた10代・20代を経て、40歳近くになって変わってきている。稽古時間のことや、何曜日を休みにするかということは、主宰とも相談をしています。今では自分から「みんなきっと土日のどっちかは休みたいと思うから、この週は土曜休みにしようか」と言ってくれるようになりました。今は子どもがいるメンバーの方が多いので、子どものいる家庭に対して配慮する形になっています。とくに主宰という立場もあって、劇団を継続させるために絶対に考えないといけないことなので。

露木 劇団の歴史が長くなってくると、マジョリティとマイノリティの逆転が起こることもありますよね。

小林 子育て世代が現場のなかでマジョリティになったときに、声が大きくなっちゃうのが怖いんです。今だって、子育てしながら仕事をしていることをどれくらい配慮してもらっていいのか全然わからない。こんなにわがままを言っていいのかなという気持ちもある。今まではマイノリティだったから声が小さかったけど、もし子育て世代の方が多くなったときに、子育てをしていない人たちに嫌な思いを感じさせる可能性があるのかな……ということは気をつけたいんです。

露木 子育てをしていない人もしている人も、一人ひとりの声が尊重されると良いですよね。例えば、子育て中の人にもいろいろな思いがある。子どもとできるだけ一緒にいたい人も、子どもと離れたい人もいる。その人個人の状況を知らないとわからないことは多いですよね。子育て中だったら、稽古で通しを見て、ギリギリで保育園に迎えにいって、買い物をして、電動自転車を必死で漕いで、帰ってからも一度も座ることなく食事を作って食べさせてお風呂に入れて保湿ケアをして歯磨きをして寝かしつけて、やっと座る様子までとか、お互いの状況をタイムラプスで見せ合ったらいい……というのは冗談だけど。

半田 私も子育てと並走している創作現場をこれまで経験してきませんでした。現場の見本がない。自分自身が子育て世代になってきて、新しい課題として考えなきゃいけないなと直面しています。

河野 劇団が子育て世代になって活動が難しくなることや、育児や介護で舞台の仕事から離れたという話は地域問わず耳にします。でも、それぞれがどのように取り組まれているかをお互いに聞ける機会はなかなかないんでしょうね。知れば参考や安心に繋がることもあるはずなので、『こえのわ』でいろんな立場の方の話が聞けることはとても心強いんじゃないかと思います。

小林 誰かの声を聞いてセルフケアのようになったらいいなと思っています。

北澤 現場でも、自分のことを話してくれることはすごく助かります。「17時には帰ります」とか「この日は友人の結婚式なのでお休みしたいです」とか、できるだけその声を実現できるように調整したいと思います。

半田 実は辛い思いをしているかもしれないから、言っていただけるとできることが増えます。やっぱりストレスがあるとどうしても現場の空気がピリピリしてしまうし、それは周りにも伝わっちゃう。でもなぜピリピリしているかの原因がわかれば対処できるし、お互いに精神的にも楽ですよね。

北澤 「今日私はピリピリしています」とかも言い合えると良いかもしれないですよね。

半田 そうじゃないと「自分がなにか嫌がられることをしちゃったのかな」と思ってしまうこともありますしね。

露木 たとえばプロデューサーや主宰者、演出家など、その場でパワーを持つ役職の人たちが、「言うほどでもないかなと思うことでも、伝えて欲しい。聞く準備(心構え)がある」ことを言葉でも態度でも伝えておけると良いですよね。すべての希望を叶えることはできないことは前提として。そして、決して「わがままな奴だ」「めんどくさい奴だ」と「次からは現場に呼ばない」という判断はしない、ということも併せて伝えたい内容です。

半田 座組に参加するまえにアンケートをとります?

小林 いいかもしれない!みんなの前で話すのは勇気がいるから。

特集座談会① 中編

座談会登壇者プロフィール

半田桃子さん
プロデューサー/舞台制作。慶應義塾大学在学中に演劇サークル「創像工房 in front of.」にて松居大悟、目次立樹と出会い劇団「ゴジゲン」を旗揚げ。クリエイターとより風通しのよい環境での創作、さらに多岐にわたるジャンルの作品を幅広く世に送り出せるよう2020年に株式会社momocanを設立、代表取締役。

北澤芙未子さん
長野県出身。明治大学の演劇学専攻にて学び、舞台芸術制作者としての活動を開始。演劇ユニット「くちびるの会」の制作を担当しながら、大小さまざまな公演の制作業務を担う。子ども向け演劇の創作に関わりながら、舞台芸術公演の鑑賞機会格差解消というテーマに関心を寄せ、継続的に取り組んでいる。


露木友子さん(心理臨床オフィス inemuri)
公認心理師/臨床心理士
主に児童福祉領域で臨床経験を積み、2020年より、演劇現場のハラスメント対応に関わる。現在は、演劇に加え、映像制作現場でのメンタルへルスコーディネーター、オンセットセラピストとしても活動中。


小林愛子
プラットフォームデザインlabメンバー 照明家
学生時代に演劇活動から照明に出会い、早稲田大学卒業後、照明家としてのキャリアをスタートさせる。現在は自身も子育てしながら照明の仕事を続けるとともに、舞台業界に関わる人の子育てと舞台活動の両立を支援する活動に注力している。


前編はこちら

中編:子育てと演劇を両立するためのジレンマ

“あわいの時間”に決まること

半田 稽古も朝からにした方がいいですか? 13~20時くらいの現場が多いと思うのですが、10時~17時とか?

北澤 現場ごとにどんなスケジュールが良いかは違いますけれど、ただ、これまで経験した現場で思ったことは、創作の現場にいる人って、話すことが好きで、稽古が終わったあとにも重要な話をたくさんするんですよね。

半田 わかります(笑)

北澤 絶対に稽古後なんですよね!今日の稽古を経てされる話とか、稽古時間後にぽろっと出る本音とか、大切な内容だったりすることもしばしばあって。でも、私は17時には帰らなきゃいけないので、そういう場にいられないんです。稽古を10時〜17時にしても、やっぱり稽古の後には絶対に話があがる。その場にいられないことが、すごく悔しい気持ちになることもあります。

河野 そういえば、育児ではないんですが、似たようなことが喫煙所でも起きていますよね。リラックスしながら作品についていろいろお話してしまうから、プロデューサーから演出家に「それはタバコを吸っている人だけの特権になってしまうから演出家は喫煙所で大事な話はしないでください」と言った現場がありました。

北澤 すごい……!

小林 たしかに20代前半のとき、タバコを吸わないのに喫煙所に行っていました。休憩後に何をするかが喫煙所で決まっちゃうから。

河野 それは子育て関係なく、稽古にいないと起こりえますよね。

北澤 たしかに。大事なことを聞きたいと思ったらずっと稽古場にいないといけない。

河野 美術のハラスメント講習で「飲み会の場でオファーの話が出ても、素面で昼間に話したことだけを仕事にするために契約書を交わしてください」と話されていたことを思い出しました。

露木 芸術領域はどうしてもパーソナルな部分を使って仕事をしているところもあると思うので、これが正解だと言い切れないところがあるのですが。仕事であれば「契約した時間内に、業務に関わることは行えるとよい」と考えます。これはイメージですが、私たちの持つ風土的なものとして「あわいの時間」のような名前のない時間に豊かなものが出てくる、というのはあるように思います。その中でインスピレーション的に重要なことが決まっていく。その時間はとても大切な時間ではありますが、稽古が終わった後だと帰りにくい雰囲気を感じる人も出てきますよね。「あわいの時間」は魅力的ですが、それありきにはせず契約した時間内にどうにかできないか、みんなで考えていけたらと思います。業務上の不利益も、疎外感もないほうがよい。帰りたい人も同じチームの一員ですから。

小林 企業の残業と同じように、みんながまだ会社にいるから残業しなきゃいけない雰囲気に飲み込まれるというのもあるのかも。

半田 それで残業代がもらえたらいいんですけどね。私は早く帰りたいので帰っちゃいます(笑)。でも稽古は、仕事をしてる人がいれば、制作は残らないといけない。劇場だと決まった時間があるから「終演したら1時間以内に帰ってください」と言えるんですけどね。

特集座談会① 前編

座談会登壇者プロフィール

半田桃子さん
プロデューサー/舞台制作。慶應義塾大学在学中に演劇サークル「創像工房 in front of.」にて松居大悟、目次立樹と出会い劇団「ゴジゲン」を旗揚げ。クリエイターとより風通しのよい環境での創作、さらに多岐にわたるジャンルの作品を幅広く世に送り出せるよう2020年に株式会社momocanを設立、代表取締役。

北澤芙未子さん
長野県出身。明治大学の演劇学専攻にて学び、舞台芸術制作者としての活動を開始。演劇ユニット「くちびるの会」の制作を担当しながら、大小さまざまな公演の制作業務を担う。子ども向け演劇の創作に関わりながら、舞台芸術公演の鑑賞機会格差解消というテーマに関心を寄せ、継続的に取り組んでいる。


露木友子さん(心理臨床オフィス inemuri)
公認心理師/臨床心理士
主に児童福祉領域で臨床経験を積み、2020年より、演劇現場のハラスメント対応に関わる。現在は、演劇に加え、映像制作現場でのメンタルへルスコーディネーター、オンセットセラピストとしても活動中。


小林愛子
プラットフォームデザインlabメンバー 照明家
学生時代に演劇活動から照明に出会い、早稲田大学卒業後、照明家としてのキャリアをスタートさせる。現在は自身も子育てしながら照明の仕事を続けるとともに、舞台業界に関わる人の子育てと舞台活動の両立を支援する活動に注力している。



前編:仕事をするにはお金がかかる!

小林 プラットフォームデザインlabの小林です。おそらく旧姓時代を知ってくださっているので吉村とかよむという呼び名になじみがあると思うんですが、今はプライベートも仕事上でも小林を名乗っています。呼びにくいかもしれませんがすみません。これも結婚に伴うあるあるですよね。

北澤 仕事で名前を変えた!?

小林 せっかく結婚したので変えてみたくなっちゃったんですよね。結婚して苗字が変わっても旧姓を通り名として使うっていうのがわりと多いとは思うんですが、まあ変えてみたら本名と自分が名乗る苗字が一緒って当たり前だけどそれはそれでよいかなあと。

北澤 それまでのキャリアもあるのに思い切りましたね!

小林 ずっと名乗っていた屋号があるので、まあそれでよいかなと思いまして。今私会社に所属してるんですけど、その会社に入るときに「ずっと使っている屋号をそのまま使いたいんですけど、それでもいいですか?」と相談しました。それでも受け入れてもらえたのはとてもラッキーでした。
あとは、出産によってそれなりの期間仕事から離れていたらどうなっていたんだろうな……とかは考えます。吉村愛子=小林愛子って認識されないかもな。
わたしたちより上の世代で出産をして切れ間なく仕事を続けていた人はなかなかいないですよね。同じ世代からはすこしずつ増えていますが……。

北澤 制作もほぼいないように思います。

半田 いないですよね。中には秒で戻ってきた人もいますが。

北澤 私たちよりも上の世代の方でそういう方は、ほとんど聞かないように思いますよね、プランナーの方とか。

小林 そうなんです。今の私のちょっと上の世代を見渡してみるとやっぱりプランナーって男性か子どものいない女性が多いなって思っていて。知っている限りでってことなんですけど。
それはやはり出産でキャリアが途切れるというか、一度辞めて、復帰をしたときに、いったんお仕事のつながりが切れちゃっているからなかなかプランの仕事が入ってこない。照明の仕事ということでいえばプラン以外にも仕事はあるから復帰している人はたくさんいると思うんですけどね。

河野 どんな仕事でも女性が直面する壁ですね……

北澤 戻ってこられる人は、なにかサポート体制がある場合が多いですよね、親御さんが近くにいて一緒に育児をしてくださる、とか。

小林 そう。そうやって個人でなんとかしてきたんです。でも若い世代にも子どもがいる人が増えてきて、座組としての問題になっている。今の30~40代が、子どもを産んでかつ仕事を辞めないというモデルケースを模索している、まさに最初の時期なんじゃないか。今日来てくださっている露木さんのハラスメント防止講習を受けたときに「これは座組をみんなで良くするための対話を重ねる講習なんだ」と感じて、きっとマタニティ・育児問題もリンクするなと思い、制作のおふたりと露木さんをお呼びしてお話を伺いたいと思いこの座談会を企画しました。

照明家Aさんの一問一答インタビュー

対象者の紹介

照明家Aさん(女性)、子どもは女の子が一人

ご自身が仕事で育児ができないとき、育児を誰に頼っていますか

配偶者・パートナー, 友達

配偶者・パートナーの仕事を教えてください

会社員(舞台関係以外)

家族内におけるご自身が担っている『育児』の割合はどの程度ですか?

8割

家族内におけるご自身が担っている『家事』の割合はどの程度ですか?

9割

仕事の理由から、子どもを持つことに迷いや不安はありましたか?迷いや不安があったとお答えの方はその内容を教えてください

仕事ができなくなるだろうなと危惧はしていましたが子供を授かることを切望していたので、
子供を持つことに対しての迷いはありませんでしたが、不妊治療中、妊娠期、産後の仕事の受け方についてはずっと悩んでいました。

子どもを持つことで舞台芸術活動との関わり方、仕事量に変化はありましたか?変化がありましたらその内容を教えてください

自分の仕事の時にオペレートを人に任せることになりました。また外注の仕事(ほかの照明さんからふられる仕込みやバラし)にはほぼいけなくなりました。いけるのは17時には帰りたいことを了承してもらえる場合のみ。
でも夜はむりだよっていいながら働き続けていたら平日の17時とか18時まででなんとかなる仕事が舞い込んできたり、私の状況にあった仕事が新規で入ったり、産前からはかなりわたしが担っている仕事内容は変わりました。

子育てと舞台芸術活動を両方する上で、困難を感じた経験はありますか?もしありましたら具体的に教えてください

保育園や学童が終わった後、夫が帰れるのが残業なしでも21時半 私が平日夜まで働くとしたらこのあいだこどもをどうするか考えなければならないのですが、選択肢がとても少なくて大変です。
劇場入り期間は必要な日程が早くから決まっているしなにが起こってもどうにかなるように体制を整えるのでよいのですが、稽古期間がなかなかきついです。

子育てと舞台芸術活動の両立が困難だと感じた時、どんな情報がほしかったですか?

これが欲しかったというのはなかったように感じます。欲しかったという意味ではカンパニー側との対話の機会がもっとあったらよかったなあ。個人的には子どもを育てている先輩にいろいろ話を聞いたことはとてもよかったと思っています。

子育てと舞台芸術活動を両方する上で、どんな環境が理想的だと思われますか

全体のタイムテーブルに余裕のある現場だと助かります。
照明はとにかく最後の方でいろいろ固まってきがちなので、初通しが早ければ準備に時間があるし、劇場入って初日までの時間も余裕があったらもしかしたら日によれば19時くらいには劇場出れちゃったりして、そしたらそれはほんとに嬉しい。本番日程はお客さんの入りやすい都合優先になるのはやむを得なくとも、仕込みは余裕のあるスケジュールだととてもありがたいです。

舞台芸術活動をしている方で、これから子どもを持ちたいと考えている方に対して、何かメッセージはありますか

20代後半から30代は一番仕事が楽しくなってくる頃で、いわゆる妊娠適齢期には意識をしないと仕事がめちゃくちゃ楽しいし充実しているし、責任も増していっていつのまにかタイミングを逸してしまう気がします。私はずっといつかは子供を持ちたいと思っていたんですけど、それでもタイミングについてはとても悩みました。
ただ、女性の妊娠適齢期は変わらないのは事実で、40代でこどもを産んでいる人がいるからって自分も産めるとは限らなくて、気づいた時には妊娠が難しくなっていたら後悔してもしきれないと思うので、時々自分の人生に子どもがいた方がいいかいなくてもいいか立ち止まって考えるのは大事なことかもと思います。
そしてもし子どもが欲しいと思うなら、仕事への責任感で自分の思いを閉じ込めないで欲しいなと思います。

協力ありがとうございました!

「劇場に子どもを連れて行った話」

マネージャーが子どもを産むのは難関だと思っていた。

人のサポートをしなければいけない立場の私が、人のサポートなしでは生活できない状況になった。いや、元々色んな方に支えて頂いて成り立っているのだが

「妊娠しました」

と仲間に報告するのを迷った自分がいた。

しかし、妊娠した事が申し訳ないと少しでも思った自分が情けなく、お腹の中の命にも失礼だと思った。

今一緒に活動してくれているメンバーは、私の人生をも考えて一緒に喜んでくれた。

この人たちの事は、一生かけて幸せにする!と心に決めている。

妊娠中、出産、と色んな場面で色んな事があるが、今回は「劇場に子どもを連れて行った話」を書こうと思う。

舞台本番があったのは息子が9ヶ月の頃。ハイハイで動き回り、つかまり立ちをしたくてしょうがないワンパクの兆しが見えてきた頃。まだ保育園に行けていないので、出産後舞台観劇もなかなか難しく、担当俳優が舞台に出演するとなっても劇場には行く事はできないなと諦めていた。しかも、今回の担当俳優というのは主人でもあるので、稽古期間からどのようなスケジューリングで動こうかと頭を悩ませていた。

その頃、家でできるワークスタイルに切り替えていたとはいえ、産後も変わらず動きまくっており(のちに身体にガタがきます。皆さま、必ずゆっくり休んでくださいね) 現場にも行っていた。
何故それができたのかというと、そう、家族のサポートだ。私が出なければいけない時は、母が来てくれて息子を見てくれていた。母は保育園で働いており、長年0歳児を担当しているので安心して任せられる存在。息子もバーバが大好き。日中、2人の時は私が仕事をしてしまう為、1人遊びをしてもらうのだが、バーバがくると存分に遊んでもらえるので、テンション大爆発で喜んでいる。
今回も浅草で舞台本番がある事は事前に知らせていて、もしかしたら初日はお願いしたいかもと伝えていた。

ここでもう1人登場するのが、姉。
七福神の何番目かにいる神様かな、と思うくらい幼少期から優しい姉は息子を溺愛してくれている。予防接種の日は必ず病院まで一緒に行ってくれて、見守ってくれる(これは特に頼んではいない)。
そんな姉から「本番期間、私とバーバは浅草にホテル取ったよー!」と連絡がきた。
なんと!仕事も休んで息子を見てくれようとしているらしい。
舞台本番は8月の猛暑の中だったので「ホテルがあれば、休憩もできるし!」と相変わらず優しい。
劇場まで2時間かかる場所に住んでいるので、毎日息子を連れて電車移動か、、、と悩み、であれば!と私たちもホテルを取る事にした。

ホテルと劇場を行き来する日々。
仕事でお世話になっている方々など来てくださったお客さまにご挨拶をしたいので、開演前と後に劇場に行く。受付で子どもを抱えて立っていたら情報量が多すぎるかと思い(笑) 母と姉が観劇してくれる回は開演ギリギリで子どもをタッチ。
開演中は浅草の駅にある赤ちゃんがハイハイできる遊び場をフル活用した。
0歳児は無料。付き添いの大人は一日500円で出入り自由。海外からの観光客の方もたくさんいらっしゃるのでグローバルな環境で息子も刺激的だったよう。お気に入りの場所になった(★脚注)。各劇場の近くにこういう遊び場があると本当に助かるなと思った。

今回のカンパニーの皆さまも本当に暖かくて、とても可愛がってくれたので、劇場にも連れていきやすい環境だった。

「東京に住んでいると、浅草観光なんてゆっくりした事ない!」と母と姉は楽しんで公演期間中過ごしてくれた。
もちろん、金額面では痛手だが(笑)結果、普段なかなか行けていなかった取引先に本番の合間に行く事ができたりと仕事面でも有意義に使えた。

仕事をしながら子育てをするという事は、色んな事を諦める選択に迫られる。
周りのサポートがあってこそだが、子どもと一緒に楽しんじゃうスタイルで、今後も乗り切っていこうと思う。

★キッズユースランド東京浅草店
https://kidsusland.com/shop/tokyo-asakusa

今、私がなにがしんどいかの話

おもわず「もう、誰かに『無理だから諦めなよ』って言ってほしい」という言葉が口からこぼれた。

来年の仕事のオファーが来ていて、とても嬉しい。でもちょうど仕事がつまっている時期で、受けたらいっぱいいっぱいになることが想定される。その仕事を受けて我が家は乗り切れるのか、もう本当にわからなくて、
「頼れる親が近くにいないか、配偶者に18時〜22時の子どものケアを一切合切任せることができない人は、もう舞台の仕事は諦めるしかないんだよ」って言ってもらえたらいっそ楽かもしれないと思って
悩みすぎて、そんな言葉をひとりごちた。

舞台照明の仕事をしながら、2025年現在小学校1年生の母をしている。
子どもが産まれて早7年。妊娠中も入れると8年近く。
ずっと、若い頃の自分が思い描いていた照明家の姿とは違う形で照明の仕事をしている。

私の実家は新幹線の距離、夫の実家もいろいろあって頼れない中、会社員の夫となんとか娘を育てている。
会社員の夫は在宅勤務は原則不可で平日はだいたい22時過ぎ、遅ければ終電で帰宅するので、平日は基本的に私のワンオペ。

私が照明と出会ったのは15歳の時。高校で演劇部に入って照明に出会って以来、今思えば盲目的に、舞台照明を仕事としてやってきた。

拙いながらもがむしゃらに必死に、
照明家であることが自らのレーゾンデートルであることを証明するかのように、走り回っていた。

私は照明、特に演劇畑の照明デザイナー。
現場によるが、
劇場入りまでの何日かは、事前準備で寝る間も惜しんで作業を続け、
劇場に入ってから初日までの数日間、設営とリハーサルのため9時から22時まで劇場で働き詰める。
家と劇場の移動の時間を惜しんで、劇場の近くに宿泊し、ホテルでもデータの打ち込みをすることもあった。
ほんと、よく働いていた。
自分の現場のプランの作業やオペ以外にも、人の仕込みやバラシに行き、オペをする。
さらには空いた時間にはいろいろな公演もよく見に行っていたなあ。

そんな生活が、
子どもが産まれてガラリと変わった。
もちろん、子どもをもつにあたり、生活を変えなければいけないと思ってなかったわけでなくて。
いろいろな人に相談したり、働き方の相談をして、お願いをして、工夫をして、子育てと照明の業務を両立している。

0歳の時はなかなか働けもしなかったが
1歳になって保育園に行くようになり、仕事に使える自分の時間は少しずつ増えた。

でも平日は基本17時までしか働けないし、
土日だって自由はきかない。
年間何本かある自分のプラン現場、その初日が明けるまでの数日間だけ、
事前に準備してなんとか夜まで働けるように手配する。

年齢ごとにそれぞれ様々な困難はある。
ただいつだって事前に準備できることはまだよいのだ。

なにがしんどいってやっぱり突発的な出来事に対する対応が、舞台側にも子育て側にもついて回るのがもうどうしようもない。

子育てに突発的なことが多いのはなんとなく想像がついてくれるだろうか。
子どもの体調不良はもとより、母が家にいる時に仕事ばかりすると子は不機嫌になる。
それをなだめ、抱きしめ、なんとか仕事に戻る。
母の不在が続くと出かける時や帰ってきた時、泣いて抗議する。

劇場入り直前直後、切羽詰まっている中、そこに自分のリソースを割ける余裕はないのに。

そして、舞台側も劇場入りの直前直後に突発的な出来事はよく勃発する。
いろいろお金をかけたりお願いをしたりして、1か月以上前に決定している「この日だけ夜まで働きたいです」は、まあ、なんとかできる。

が、稽古の進行に沿った稽古スケジュールの中、通しのできる日がそんなに前から決まっていることばかりではない。決まっていた通しの日程が急にずれることもあるし、
17時までに稽古場を出たいとお願いしていた日の通しが、いろいろあって開始を遅らせたいとか。
予定していない急遽の予定変更に対応ができない。

通しの後にすぐに帰ってしまうから打ち合わせができない。

私以外の人は夜が良いのに、私が夜無理だから通しを昼にやってもらうとか。もうほんと、酷い話だなって思う。

あるいは本当はもっと稽古に行って、通しをもっと見て、ディスカッションを重ねたいのに、
夜稽古が多くて私が稽古場にいけない。とか。

仕込み、場当たりに当たるだいたい2〜3日は9時〜22時で現場にいられるように手配するのだが、娘の状況や気持ちも慮ってギリギリいける、というラインで予定を組むもんだから、ゲネを見たら初日を見ないで帰ることも多い。

オペレーションはお願いしているので、現場は回る。
が、本当はデザインをしている私は初日を見て、必要に応じて修正を重ねた方がよい。

なんなら本当は自分でオペだってしたい。

そういう
「本当はこうしたいのにできていない。」
という小さなストレスが積み重なって心を圧迫してくる。

やむを得ず稽古場や劇場に子どもを連れて行ったことも1度や2度ではなくて、
その時は周りからどう思われているか考える余裕はないけど、
手を貸してくれる人の手間や、危険なんかを考えたら
連れて行かないで済んだ方がそりゃいいと思っている。

17時までしかいられないという条件で行った仕込みの増員で
全体の進行が押して、17時までにフォーカスが終わらなくて、
私がいたらちゃんとやれることがあるのに時間だからって帰る時に
何も感じないわけがない。
お迎えだからごめんっていってどうしようもなく帰るのだけど。

【終了しました】アートノト 社会保障・セルフケア講座2025【出産・育児と創造活動~制度の活用と環境づくり~】(レギュラー講座)


<内容>
芸術文化活動を続ける中で「出産・育児と活動をどうすれば両立できるか」「仲間が出産・育児の当事者になった時、どうすればともに活動を継続できるか」と悩んだことはありませんか?
この講座では、特に出産から乳幼児期までにフォーカスし、自らや家族が出産・育児の当事者になった時に活用できる社会保障制度について専門家が詳しく解説します。
さらに、ご自身もしくは活動の仲間が出産・育児を経験している3名のゲストをお招きし、実情に即した対応策やリアルな体験談をお聞きします。
持続的な活動基盤づくりのために役立つ実践的な知識を学びます。

<こんな方にオススメ>
・出産を控えており、芸術活動との両立方法を具体的に知りたい方
・現在育児中で、活動継続に不安や悩みを抱えている方
・チームメンバーや仲間が育児中で、みんなで活動を続けるための環境づくりを考えたい方
・出産・育児に関わる社会保障制度について基礎から学びたい方
・ライフステージの変化に備えて、活用可能な支援制度を知っておきたい方

お問合せ:
【講座詳細・情報保障について】
合同会社syuz’gen
TEL:03-4213-4292(平日10:00~18:00)
E-mail: seminar (*)syuzgen.com (*を@に変えてください)

【お申込について】
公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
活動支援部 相談・サポート課 講座事業係
TEL: 03-6256-9237(平日10:00~18:00)

主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
運営: 合同会社syuz’gen

新たな家族と、家族との新たな関わり

結婚して10年。 

2人で気ままに過ごしてきた私たち夫婦のところに昨年10月息子が産まれました。今は体操選手が最後に決める着地のように、絶妙にバランスを保ちながら10点満点を目指して立とうしている息子。そして妻と俳優の私。家族が1人増え激的に変化した3人で幸せに暮らしています。 とはいえ。 毎日朝5時起床。 5時30分にミルクを作り飲ませて、寝てる間にパンパンになったオムツを替え、朝寝をする日しない日を見極めて遊ぶor寝かしつける。寝たら自分達の朝食を用意して哺乳瓶を洗い、身支度を交代でしている間にベビーモニターがそろそろ起きそうだよと教えてくれる。起きたら少し遊んでその間に妻が1回目の離乳食の準備。整ったらみんなで朝食。 ここまでで朝の9時。 夫婦2人で暮らしてた頃の私は前日のお酒がまだ残りながら寝ぼけていた時間でした。なんならまだ寝てる時間です。 朝食が終わったら片方はミルクを飲ませ、片方は食器の片付け。準備して仕事に向かう。 

ある俳優の先輩が、かつて子育てのことを 「毎日確定申告をしているかのようだ。」 と形容していました。そこまで大変なことがあるのか。と思っていましたが、そんな日々が今ココにありました。身構えることができました。 先輩ありがとうございます。 

今までは仕事に行くことへのハードルはゼロでした。 普段は演劇やドラマなどの映像の仕事やNHK Eテレの番組「ストレッチマン・ゴールド」などの仕事が多いです。共働きのため妻も日々仕事へ。 2人とも働きに行ってしまうとその間に子供と過ごす人がいなくなってしまう。 0歳児から預かってくれる保育園も近所にはなく、気持ち的にもまだまだ一緒に居たい。 つい先日までは仕事に行くことがハードルどころではなく、反り立つ壁のように目の前に立ちはだかっていました。 

今年の8月は浅草の劇場で演劇の仕事がありました。 特に演劇の現場となると本番期間中はもちろん、稽古もほぼ毎日。 全日程で1ヶ月近くあります。そんなスケジュールのなか無事千穐楽を迎えられたのはサポートしてくれた家族の存在がとてつもなく大きいです。 子供が生まれる前に友達の先輩父母からのアドバイスで「家族には甘えられるだけ甘えなね。」と聞いていた通り、今は甘えられる存在の大きさに日々感謝しています。 稽古期間中は義母がほぼ毎週末、金曜日から日曜日まで。 義姉は平日の仕事が空いている日に我が家に泊まり込んで手を貸してくれていました。 

【以下義母:たつ子ばぁば(仮)。以下義姉:つーちゃん(仮)。】 

たつ子ばぁばは普段保育園で働いています。園では0歳児も担当している最強の助っ人です。つーちゃんは妹である私の妻のことが大好きです。そんな妹の子ども、初めての甥っ子に全愛情を注いでくれる最強の叔母です。最強のふたりが助っ人にきてくれて手が足りていない掃除や洗濯から子どもの面倒まで、稽古期間中は特に頼りっぱなしでした。 更に自分がそうしてもらっていたから。 という理由で今までの子どものミルクを全部買ってくれています。申し訳なくて自分でお会計をしようとすると「私も買ってもらっていたから。」と言いながらレジと私の間に体をねじ込んで買ってくれます。ミルクが足りない時はつーちゃんも。 

本番期間中のたつ子ばぁばと、つーちゃんは「私たち宿をとるわ。」と浅草の劇場近くに2泊3日でホテルを抑えてくれて開演中の時間はもちろん、それ以外の時間も浅草観光しながら面倒を見てくれていました。 更に義父のマサじぃじ(仮)も、たつ子ばぁばとつーちゃんを車で送迎して協力してくれていました。 これまでは妻のご家族には多くても年に数回会う程度でした。私は仕事などで会えない年もあったかと思います。しかし今は週2回はお世話になっている。これほど関係が密になったのは明らかに子どもが産まれてきてくれたからです。 

状況は違えど、どの家族にも子どもと生活するうえで乗り越えなければいけないハードルはあるのだなと思います。特に産前は色々な不安や気がかりなことも多かったのですが、今は頼れる家族のサポートのおかげで、反り立つ壁がちょっとした上り坂に思えます。 

これからも沢山甘えていこうと思います。 あ、たつ子ばぁば。そろそろミルクがなくなりそうです。