今、私がなにがしんどいかの話

おもわず「もう、誰かに『無理だから諦めなよ』って言ってほしい」という言葉が口からこぼれた。

来年の仕事のオファーが来ていて、とても嬉しい。でもちょうど仕事がつまっている時期で、受けたらいっぱいいっぱいになることが想定される。その仕事を受けて我が家は乗り切れるのか、もう本当にわからなくて、
「頼れる親が近くにいないか、配偶者に18時〜22時の子どものケアを一切合切任せることができない人は、もう舞台の仕事は諦めるしかないんだよ」って言ってもらえたらいっそ楽かもしれないと思って
悩みすぎて、そんな言葉をひとりごちた。

舞台照明の仕事をしながら、2025年現在小学校1年生の母をしている。
子どもが産まれて早7年。妊娠中も入れると8年近く。
ずっと、若い頃の自分が思い描いていた照明家の姿とは違う形で照明の仕事をしている。

私の実家は新幹線の距離、夫の実家もいろいろあって頼れない中、会社員の夫となんとか娘を育てている。
会社員の夫は在宅勤務は原則不可で平日はだいたい22時過ぎ、遅ければ終電で帰宅するので、平日は基本的に私のワンオペ。

私が照明と出会ったのは15歳の時。高校で演劇部に入って照明に出会って以来、今思えば盲目的に、舞台照明を仕事としてやってきた。

拙いながらもがむしゃらに必死に、
照明家であることが自らのレーゾンデートルであることを証明するかのように、走り回っていた。

私は照明、特に演劇畑の照明デザイナー。
現場によるが、
劇場入りまでの何日かは、事前準備で寝る間も惜しんで作業を続け、
劇場に入ってから初日までの数日間、設営とリハーサルのため9時から22時まで劇場で働き詰める。
家と劇場の移動の時間を惜しんで、劇場の近くに宿泊し、ホテルでもデータの打ち込みをすることもあった。
ほんと、よく働いていた。
自分の現場のプランの作業やオペ以外にも、人の仕込みやバラシに行き、オペをする。
さらには空いた時間にはいろいろな公演もよく見に行っていたなあ。

そんな生活が、
子どもが産まれてガラリと変わった。
もちろん、子どもをもつにあたり、生活を変えなければいけないと思ってなかったわけでなくて。
いろいろな人に相談したり、働き方の相談をして、お願いをして、工夫をして、子育てと照明の業務を両立している。

0歳の時はなかなか働けもしなかったが
1歳になって保育園に行くようになり、仕事に使える自分の時間は少しずつ増えた。

でも平日は基本17時までしか働けないし、
土日だって自由はきかない。
年間何本かある自分のプラン現場、その初日が明けるまでの数日間だけ、
事前に準備してなんとか夜まで働けるように手配する。

年齢ごとにそれぞれ様々な困難はある。
ただいつだって事前に準備できることはまだよいのだ。

なにがしんどいってやっぱり突発的な出来事に対する対応が、舞台側にも子育て側にもついて回るのがもうどうしようもない。

子育てに突発的なことが多いのはなんとなく想像がついてくれるだろうか。
子どもの体調不良はもとより、母が家にいる時に仕事ばかりすると子は不機嫌になる。
それをなだめ、抱きしめ、なんとか仕事に戻る。
母の不在が続くと出かける時や帰ってきた時、泣いて抗議する。

劇場入り直前直後、切羽詰まっている中、そこに自分のリソースを割ける余裕はないのに。

そして、舞台側も劇場入りの直前直後に突発的な出来事はよく勃発する。
いろいろお金をかけたりお願いをしたりして、1か月以上前に決定している「この日だけ夜まで働きたいです」は、まあ、なんとかできる。

が、稽古の進行に沿った稽古スケジュールの中、通しのできる日がそんなに前から決まっていることばかりではない。決まっていた通しの日程が急にずれることもあるし、
17時までに稽古場を出たいとお願いしていた日の通しが、いろいろあって開始を遅らせたいとか。
予定していない急遽の予定変更に対応ができない。

通しの後にすぐに帰ってしまうから打ち合わせができない。

私以外の人は夜が良いのに、私が夜無理だから通しを昼にやってもらうとか。もうほんと、酷い話だなって思う。

あるいは本当はもっと稽古に行って、通しをもっと見て、ディスカッションを重ねたいのに、
夜稽古が多くて私が稽古場にいけない。とか。

仕込み、場当たりに当たるだいたい2〜3日は9時〜22時で現場にいられるように手配するのだが、娘の状況や気持ちも慮ってギリギリいける、というラインで予定を組むもんだから、ゲネを見たら初日を見ないで帰ることも多い。

オペレーションはお願いしているので、現場は回る。
が、本当はデザインをしている私は初日を見て、必要に応じて修正を重ねた方がよい。

なんなら本当は自分でオペだってしたい。

そういう
「本当はこうしたいのにできていない。」
という小さなストレスが積み重なって心を圧迫してくる。

やむを得ず稽古場や劇場に子どもを連れて行ったことも1度や2度ではなくて、
その時は周りからどう思われているか考える余裕はないけど、
手を貸してくれる人の手間や、危険なんかを考えたら
連れて行かないで済んだ方がそりゃいいと思っている。

17時までしかいられないという条件で行った仕込みの増員で
全体の進行が押して、17時までにフォーカスが終わらなくて、
私がいたらちゃんとやれることがあるのに時間だからって帰る時に
何も感じないわけがない。
お迎えだからごめんっていってどうしようもなく帰るのだけど。

現場からの声 ―5日間のWSを終えて、“カイハツ”されたもの-

撮影:金子愛帆

取材会場:KAAT神奈川芸術劇場
※2025年7月取材

5日間に及ぶカイハツでのWSも最終日に。「体の一部しか動かせない人」とのコミュニケーションとクリエーションを実践した前半を経て、後半2日間ではパショパショ作品にも多く登場する子どもの役や子どもを模した人形をどう使うかにフォーカスを当て、子どもの完コピや10歳の状態でシアターゲームに参加するなど「大人の俳優が子ども役を演じること」について様々な試みが行われました。

そして最終日の今日は、その2つの要素を取り入れた上で短編演劇の創作と上演へ。物語の舞台はとある病室。体の一部しか動かせなくなった母が入院する病院に、娘が子どもを連れて訪れる様子が描かれました。「カイハツ」はアイデアを育て、試し、練るためのプロジェクト。成果発表は必ずしも必要なものではありませんが、この5日間で思考し、実践してきたことを演劇作品の中に取り入れてみることもまた「子連れOK!新しい表現を探す旅」の一部です。ここからは、企画者であるパショパショのメンバーをはじめ、参加者の俳優や上演に立ち会ったKAATの「カイハツ」プロジェクトスタッフのみなさんの現場からの声、WSを終えての実感や感想をお届けできたらと思います。
(取材・文:丘田ミイ子)

―WSの企画・実践を終えてー

パショナリーアパショナーリア 町田マリー×高野ゆらこインタビュー

左・高野ゆらこさん、右・町田マリーさん

―パショパショにとって初のワークショップ、そして「カイハツ」での5日間はいかがでしたか?

町田 私の母が7年ほど前に倒れてしまって、現在は動けず喋れずという状態なのですが、作品のことを考える時にどうしてもそんな母のことを思うんですよね。今回のWSの企画書を書く上でも、まずそのことが前提にありました。「体の一部しか動かせない人とのコミュニケーションが一体どういうものであるのか」を考える。そして、そのことをどうしたら作品にしてお伝えすることができるのかを試してみたい。そうした発想を元に未知数のところから始まった企画でした。そこから、私が目指しているものへのアプローチとして高野さんが「こういうゲームはどうだろう?」とかのアイデアを沢山提案してくれて…。

高野 俳優としてWSに参加することはあるのですが、自分たちで主催するのは初めてだったので、5日間をどう組み立てるべきか、準備期間は試行錯誤の連続でしたね。その中で「戯曲や作品になる前の状態を大事にしよう」ということは決めていて…。最後の成果発表に向けて作品を作る時間もあったのですが、まさにこの5日間があったからこそできたものになったなと実感しています。

町田 1日1日段階を踏んでいったことによって、多くの発見がありましたよね。参加者のみなさんもゲームやワークを実践する中で感じたことを共有しながら前向きに取り組んで下さり、それによって見えてくる新たな景色があって、本当に助けられました。一人で机に向かって唸りながら台本を書くのではなく、立体的にみんなの力で構築していくことができ、すごくありがたかったです。


高野 体の不自由なお母さんの状態をどういう風に表現したらいいのか。大人だけでなく、子どもも観ることを想定した時にユーモアも含めてどうやったら伝わるか。そういうことに近づくための前例がなかったので、全てを0から組み立ていくような感じでした。「体の一部しか動かせない」という状態でどこまでコミュニケーションが取れるのか。「それを知るためにはこんなゲームがいいんじゃないか」と色々考えたのですが、初日にやってみるその時まではどうなるかが全くわからない状態だったんですよね。なので、不安はすごくありましたが、結果的に実りの多い時間になり、「この5日間で生まれたものが作品に乗ったらきっと面白い表現になるだろうな」という風にも感じられました。

町田 私が描いているゴールに辿り着くための回路を高野さんが作ってくれたような…。そんな感じでした。現場での進行もやってくれたので、その間私は作品のことを集中して考えるっていうこともできたんですよね。それも含めてパショパショにとっては新しい取り組みであり、発見でした。

高野 そうだね。そういう意味でも「新しい表現に出会う旅」でした。

KAAT神奈川芸術劇場「カイハツ」プロジェクト

~子連れOK!新しい表現を探す旅~創作ワークショップ取材!〜


撮影:金子愛帆

取材会場:KAAT神奈川芸術劇場

※2025年7月取材

はじめに

2021年より始動した、KAAT神奈川芸術劇場による「カイハツ」。このプロジェクトは、劇場を「上演やその上演のための創作を行う場」としてだけでなく、「新たな表現の実験や豊かな発想を生み出す場」としても機能させることを目指して新たに立ち上げられたプロジェクト。「企画・人材」、「戯曲」、「創作プロセス」の3軸から成り、アーティストが試したいアイデアや表現、創作におけるアプローチをKAAT神奈川芸術劇場のアトリエで実践できる貴重な機会でもあります。

2025年度からは「企画・人材カイハツ」において初の公募が行われ、100件近くの応募が集まりました。その中から採択された1つがパショナリーアパショナーリアによる「子連れOK!新しい表現を探す旅」。「こえのわ」では5日間のWS(ワークショップ)の一部の様子と現場からの声をお伝えします。

(取材・文:丘田ミイ子)

「体の一部しか動かせない人」とのコミュニケーションとクリエーションとは?

ロビーに入った瞬間、扉の向こうから漏れ聞こえる愛らしい子どもの声。アトリエの隅にはベビーカー、その傍らには0歳児の赤ちゃんの姿も…。それもそのはず、このWSは「子連れOK!」。当たり前のように子どもや赤ちゃんが劇場の同じ空間にいるこの風景は、パショパショが旗揚げ以降掲げ続けてきた「家庭と演劇の両立」そのものを映し出す景色であるようにも思えます。妊娠・出産・育児を経験している一人として、そして、演劇に携わるライターの一人としても真っ先に伝えたい風景。アトリエにはキッチンも併設されているため乳児用のミルクや離乳食の準備などもスムーズ。子連れで参加する俳優にとって、「子どもも快適に安心して過ごせる」ということは創作環境として欠かせない。アトリエの行き届いた設備にそんなことを再確認する場面でもありました。

初日は、まず「カイハツ」とWSの企画趣旨の説明や挨拶から。WS上のルールもスケッチブックを用いながら説明したのち、それぞれの自己紹介タイムへ。自己紹介は参加者それぞれの家族構成と10 歳くらいの頃の記憶に残っている出来事を話す、という形がとられていました。しかし、 嘘をついてもOK。その後は、ウォーミングアップとして、ボールゲームや見えない大縄跳びなどで実際に体を使いながらコミュニケーションを図る時間に。

子育て×演劇×医者

私は一児の母であり舞台人であり医者です。振り返る中で決して褒められた選択ばかりではありませんが、私の場合の「子育て×演劇×医者」について、記したいと思います。

妊娠とスケジューリング

演劇の公演は、一年以上前から助成金や劇場ラインナップが決まります。そのため、いつ妊娠し出産前後の活動をどのようにハンドリングするのかは、かなり難易度の高いスケジューリングとなります。また、妊娠のタイミングを計ることは非常に難しく、必ずしも望む時期に妊娠できるとは限りません。

そこで私は、妊娠するタイミングを A・B・C の3パターンに分け、それぞれの場合に出産前後でどのように活動をハンドリングするかを Excel で表にまとめました。
妊活を開始する月を決め、3パターンいずれでも実施可能なスケジュールで一年先の助成金申請・劇場予約を行い、そのうえで妊活をスタートしました。第一希望スケジュールのAパターンで妊娠し、妊娠中にも演劇活動を実施します。

妊娠中

「ひとよひとよに呱々の声」公演写真

「ひとよひとよに呱々の声」という作品のツアーを行いました。本作品は女性の妊娠や出産に纏わる物語です。「妊娠中絶の是非を問う」という生命倫理が主題です。2020年に初演しましたが、妊娠した自分の母体でもう一度戯曲と向き合いたいと思い妊娠中にツアーを敢行しました。90分の二人芝居で非常に体力が必要な作品であり、今これを書きながら、この活動は全く褒められたことではないと自認しておりますが、かなり身体に負担があった公演でした。想定していたよりも腹囲が大きくなり、千穐楽では衣装の腹回りが千切れました。また胎児が大きくなるのに伴い、肺が圧排され一回換気量(一回の呼吸運動で肺に入る空気の量)が減少し、台詞を言い切るための空気の量に変化が生じました。作品はブラッシュアップされ強度を増しましたが、今振り返れば、自分で計画したにも関わらずリスクの高いことをしていたと反省しています。

 また、当時はフルタイムの勤務医であり急性期単科精神病院で勤務していました。日中は多忙な医師として仕事をし退勤後に稽古。有給休暇でツアー公演をしました。6階建ての病院でしたが、体力作りのためにエレベーターを使わずに階段で病棟に上がっていたのを覚えています。また、患者数も症状も重い方々ばかりで、精神科専攻医であったことから、専門医試験の要綱的に多くの症例数を揃えなければなりませんでした。おまけに『産休に入る前までに』というタイムリミットもあったため、とにかく沢山の患者を受け持たねばならないというプレッシャーもありました。

子育て×演劇×医者

出産後、育児の忙しさに直面し、これまでの働き方では子育てと演劇と医者を両立できないと判断しました。当時の職場は非常に忙しく休暇も取りづらかったため、今後への演劇活動の限界を迎えることは明白でした。そこで、子育てしやすい義実家のある広島への転居を決め、転職活動に全力を注ぎました。舞台芸術は時間も労力も圧倒的なコストがかかります。演劇を続けられるか否かは才能ではありません。「続けられる環境を自ら掴み取るかどうか」に尽きます。私は、子育て×演劇×医者 を勝ち取るために、この転職が命であると確信し、環境を獲得することに全力を注ぎました。結果、週4勤務で定時で帰宅できる職場を見つけ、いざとなれば義実家に子どもを預けることも可能な立地を獲得しました。お陰で、出産後も精力的な演劇活動を実行できています。

家事の按分

日常の家事はすべて夫が担当しています。料理、掃除、洗濯、ゴミ出し、全部です。私は結婚にあたり家事を100%担う配偶者を求めていました。私は住民票上も世帯主であり、夫と子どもを扶養しています。

家庭とは

子どもが生まれてから、家庭とは会社運営のようなものだと感じるようになりました。私は自社で演劇事業を運営するときに主催者として最も気を付けていることがあります。それは「いつ」「誰が」「何を」するのか、スケジュール管理し責任の線引きを明確化することです。同様のことが家庭運営にも共通すると思っています。つまり配偶者は共同経営者であり、スケジュール管理と責任の線引きをすることで家庭は安定して回ります。

夫も俳優であるため、稽古期間は片方が子どもをみることになります。長期間の稽古を要する作品を受ける場合は必ず共同経営者から言質を取り、創作の期間を確認します。また、宿泊を伴う仕事を受ける際も同様です。

年間の大まかな稽古スケジュールを共有し、その後、日単位でのスケジュールを共有アプリ※でシェアし、「いつ」「誰が」「何の」予定があるのかを見える化します。そうした上で、家庭内業務を具体的に細分化して割り振ることができます。どちらが保育園の送迎をするか、車のチャイルドシートの乗せ替えるタイミングはいつか、ご飯は何を準備して食べるか…など。事前に打ち合わせをして一日を乗り切ることもあります。配偶者と衝突する場合は、ほとんどの場合「その予定があるとは知らなかった」「これをやってくれるものだと思っていた」など、スケジュール管理と責任の線引きが明らかになっていない場合がほとんどです。

育児は労働であり、家庭は会社であり、配偶者は共同経営者だと認識することが大事なのかもしれません。


※スケジュール共有アプリ
https://timetreeapp.com/intl/ja

【終了しました】アートノト 社会保障・セルフケア講座2025【出産・育児と創造活動~制度の活用と環境づくり~】(レギュラー講座)


<内容>
芸術文化活動を続ける中で「出産・育児と活動をどうすれば両立できるか」「仲間が出産・育児の当事者になった時、どうすればともに活動を継続できるか」と悩んだことはありませんか?
この講座では、特に出産から乳幼児期までにフォーカスし、自らや家族が出産・育児の当事者になった時に活用できる社会保障制度について専門家が詳しく解説します。
さらに、ご自身もしくは活動の仲間が出産・育児を経験している3名のゲストをお招きし、実情に即した対応策やリアルな体験談をお聞きします。
持続的な活動基盤づくりのために役立つ実践的な知識を学びます。

<こんな方にオススメ>
・出産を控えており、芸術活動との両立方法を具体的に知りたい方
・現在育児中で、活動継続に不安や悩みを抱えている方
・チームメンバーや仲間が育児中で、みんなで活動を続けるための環境づくりを考えたい方
・出産・育児に関わる社会保障制度について基礎から学びたい方
・ライフステージの変化に備えて、活用可能な支援制度を知っておきたい方

お問合せ:
【講座詳細・情報保障について】
合同会社syuz’gen
TEL:03-4213-4292(平日10:00~18:00)
E-mail: seminar (*)syuzgen.com (*を@に変えてください)

【お申込について】
公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
活動支援部 相談・サポート課 講座事業係
TEL: 03-6256-9237(平日10:00~18:00)

主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
運営: 合同会社syuz’gen

わがやのスケジュールお見せします!⑤

対象者の紹介

今回教えてくれたのは…舞台照明家Eさん

(配偶者:舞台音響家、お子さん:長男/小学校3年生、次男/小学校1年生)

夫婦2人とも小屋入りして、子供達が正常に学校に行けて、問題なく舞台が進行している時ほどドキドキしています。

いつ何時学校から連絡があるか。

綱渡りのような紙一重の生活に、なんとか皆様の協力の元この仕事をやれている事に感謝して頑張って行こうと思います。

新たな家族と、家族との新たな関わり

結婚して10年。 

2人で気ままに過ごしてきた私たち夫婦のところに昨年10月息子が産まれました。今は体操選手が最後に決める着地のように、絶妙にバランスを保ちながら10点満点を目指して立とうしている息子。そして妻と俳優の私。家族が1人増え激的に変化した3人で幸せに暮らしています。 とはいえ。 毎日朝5時起床。 5時30分にミルクを作り飲ませて、寝てる間にパンパンになったオムツを替え、朝寝をする日しない日を見極めて遊ぶor寝かしつける。寝たら自分達の朝食を用意して哺乳瓶を洗い、身支度を交代でしている間にベビーモニターがそろそろ起きそうだよと教えてくれる。起きたら少し遊んでその間に妻が1回目の離乳食の準備。整ったらみんなで朝食。 ここまでで朝の9時。 夫婦2人で暮らしてた頃の私は前日のお酒がまだ残りながら寝ぼけていた時間でした。なんならまだ寝てる時間です。 朝食が終わったら片方はミルクを飲ませ、片方は食器の片付け。準備して仕事に向かう。 

ある俳優の先輩が、かつて子育てのことを 「毎日確定申告をしているかのようだ。」 と形容していました。そこまで大変なことがあるのか。と思っていましたが、そんな日々が今ココにありました。身構えることができました。 先輩ありがとうございます。 

今までは仕事に行くことへのハードルはゼロでした。 普段は演劇やドラマなどの映像の仕事やNHK Eテレの番組「ストレッチマン・ゴールド」などの仕事が多いです。共働きのため妻も日々仕事へ。 2人とも働きに行ってしまうとその間に子供と過ごす人がいなくなってしまう。 0歳児から預かってくれる保育園も近所にはなく、気持ち的にもまだまだ一緒に居たい。 つい先日までは仕事に行くことがハードルどころではなく、反り立つ壁のように目の前に立ちはだかっていました。 

今年の8月は浅草の劇場で演劇の仕事がありました。 特に演劇の現場となると本番期間中はもちろん、稽古もほぼ毎日。 全日程で1ヶ月近くあります。そんなスケジュールのなか無事千穐楽を迎えられたのはサポートしてくれた家族の存在がとてつもなく大きいです。 子供が生まれる前に友達の先輩父母からのアドバイスで「家族には甘えられるだけ甘えなね。」と聞いていた通り、今は甘えられる存在の大きさに日々感謝しています。 稽古期間中は義母がほぼ毎週末、金曜日から日曜日まで。 義姉は平日の仕事が空いている日に我が家に泊まり込んで手を貸してくれていました。 

【以下義母:たつ子ばぁば(仮)。以下義姉:つーちゃん(仮)。】 

たつ子ばぁばは普段保育園で働いています。園では0歳児も担当している最強の助っ人です。つーちゃんは妹である私の妻のことが大好きです。そんな妹の子ども、初めての甥っ子に全愛情を注いでくれる最強の叔母です。最強のふたりが助っ人にきてくれて手が足りていない掃除や洗濯から子どもの面倒まで、稽古期間中は特に頼りっぱなしでした。 更に自分がそうしてもらっていたから。 という理由で今までの子どものミルクを全部買ってくれています。申し訳なくて自分でお会計をしようとすると「私も買ってもらっていたから。」と言いながらレジと私の間に体をねじ込んで買ってくれます。ミルクが足りない時はつーちゃんも。 

本番期間中のたつ子ばぁばと、つーちゃんは「私たち宿をとるわ。」と浅草の劇場近くに2泊3日でホテルを抑えてくれて開演中の時間はもちろん、それ以外の時間も浅草観光しながら面倒を見てくれていました。 更に義父のマサじぃじ(仮)も、たつ子ばぁばとつーちゃんを車で送迎して協力してくれていました。 これまでは妻のご家族には多くても年に数回会う程度でした。私は仕事などで会えない年もあったかと思います。しかし今は週2回はお世話になっている。これほど関係が密になったのは明らかに子どもが産まれてきてくれたからです。 

状況は違えど、どの家族にも子どもと生活するうえで乗り越えなければいけないハードルはあるのだなと思います。特に産前は色々な不安や気がかりなことも多かったのですが、今は頼れる家族のサポートのおかげで、反り立つ壁がちょっとした上り坂に思えます。 

これからも沢山甘えていこうと思います。 あ、たつ子ばぁば。そろそろミルクがなくなりそうです。 

ダンサーが向き合う自分の身体と育児(個人の問題を周りと共有するために)

ダンサーとして、覚悟の出産

私は、ダンサーとしてダンスカンパニーに所属し、公演に出演する他、バレエやダンスの講師を不定期で行ったり、制作として企画を立ち上げたりしています。

カンパニーに所属しているといっても、給料などが定期的に出るわけではなく、プロジェクトごとに報酬が発生するので、企画ごとに声がかかるか、声がかからなければ出演ではなく別の形でプロジェクトに関わるためにこちらから手を挙げるか、といった状況です。そんな中、私はダンサーとして引退の可能性も考えつつ、年齢的にも妊娠・出産することを決断し、2023年に第一子を出産しました。

妊娠中、自分の身体が出産後にどうなっているのか全く想像がつきませんでした。日々のトレーニングで保っていた身体の感覚は完全にバランスを崩し、創作現場でしか得ることのできないヒリヒリしたものを身体は忘れていき、それらを取り返すためには膨大な時間と気力がかかるという事実は前向きな思考を全て停止させました。そもそも子育てをしながら活動を続けている女性ダンサーをあまり知らなかったし、私自身が子育てをしながら復帰できるイメージも湧いていませんでした。復帰するということは、ただひたすら、「自分」でなんとかしなきゃいけないことだと思っていました。

自分(達)でなんとかしなきゃ

第一子を出産して、5ヶ月くらいでダンサーとしての活動を再開することができました。それが実現できたのは、夫(ダンサー・振付家)が私のリハーサル・本番の期間に仕事を入れず、育児をメインで担当してくれたことが大きくあります。

娘が1歳になる前に母乳もやめて完全ミルク育児に切り替え、夫だけでなく姉や実家や一児預け施設などをフル活用し、リハーサルと本番に参加していました。このことについて、実母や義母からも小言をもらいながら、世間からもどう思われているのか気にしながら・・・

先輩ママが「力技」と言っていた意味を噛み締めながら、なんとかやりくりすることができました。

結果的に、このタイミングでの復帰は強制的に体と向き合う時間を作ることができ、100%までとはいえませんが、舞台に立てるところまでなんとかこぎつけることができました。

ただ、家計としての収入の減少や、託児料やベビーシッターの料金などが補填されないなど、舞台復帰による代償も私たちにのしかかりました。

個人的な問題をどのように周りに共有していくか

上記の私たちのように、舞台芸術と育児を両立するために発生する問題は個人(夫婦)の問題として考えてしまいがちですが、それを周りに共有することはできるのか、それはどうしたらいいのか、考えてみようと思うようになりました。

私自身、育児をする「当事者」になるまでは、育児をしている方が直面している問題に気づくことも共感することもできていませんでした。

私が子育てとは無縁だった2018年頃、自身が制作を担当している育成事業の参加者に、お子さん(当時小学4年生くらい)をお持ちの方がいました。

ある日、その方から「講座の日程でどうしても子どもの預け先を見つけられなかったので、講座当日に子どもを連れて行きたい。講座の時間に子どもを見ていてほしい。」と依頼がありました。

その依頼に対して、人員を一人確保し対応をしましたが、正直「迷惑だな」と感じている自分が少なからずいたように記憶しています。

「当事者」となった今、振り返ると、なんてひどいことを思っていたんだろう、もっと寛容な対応ができたのではないか。と猛烈に反省しています。

個人的な問題だと思っていることを他人に共有することは「助けてください!」と言える勇気と「迷惑だ」と思われても気にしない鈍感さが必要になってきます。

また、「その問題を個人の問題とは思わないで、問題に周りの人も巻き込んでいく(巻き込んでもいい)」という思考にマインドセットする必要があるのではないでしょうか。

変化するカンパニーのあり方

現在、カンパニーには私を含めて子どもをもつダンサーも増えてきていることもあり、カンパニー内でも育児と舞台活動の両立についての話題が上がるようになってきました。

主宰自ら私たちの状況を聞き取り、面談の機会を設けてくれることはとてもありがたいことですし、大きな変化だと思っています。

助成金申請時や企画の初期段階から、育児をする出演者やスタッフの意見を聞き取り、スケジュールや金銭的な負担を減らす話し合いができる環境ができつつあります。

もちろん、それぞれの持つ状況や抱える問題は全く違い、一括ですぐに解決ができることではないのですが、擦り合わせを繰り返し、それぞれがダンスと舞台に関わるあり方を実現できたらと思っています。

最後に・・・「マザリング」という言葉を知って

妊娠する直前に「マザリング-現代の母なる場所-」中村佑子著(集英社)※という本に出会いました。

『「マザリング」とは、オックスフォード現代英英辞典によれば、「the act of caring for and protecting children or other people」つまり「子どもやその他の人々をケアし守る行為」という意味である。「マザリング」は性別を超えて、ケアが必要な存在を守り育てるもの、生得的に女性でないものや自然をも指すという。』(引用)

妊娠・出産はいとも簡単に私を社会から切り離し、社会とのつながりを保つことへの難しさを感じさせました。しかし、この本によって私は「母」になった自分を孤立させることなく、「マザリング」を行う一人の人間として、社会の中に存在できる思考に切り替えることができました。

私はこの「マザリング」という言葉に立ち返ることからしか、社会も私自身も舞台芸術と育児の在り方について話すことができないのではないかと感じています。

私は、ダンサーと制作者の立場から、子育てを行うアーティストが抱える問題を共有できる環境を作っていきたいと思っています。

第二子妊娠中の今、このような文章を書く機会をいただき、言語化できていなかったことやこれからのことを改めて考える時間をいただけたことに感謝いたします。

トップ画像写真:©️塚本倫子


「マザリング-現代の母なる場所-」中村佑子著(集英社)

声を上げて!黙って聞くから

はじめに

こんにちは。旅する演出家、黒澤世莉です。好きな食べ物はカレーです。

この記事では「子育て中の俳優・スタッフとどう演劇をつくるか」について、私自身の失敗を通じて「非当事者が当事者にできる配慮とは?」について考えたことをお話しします。

私は子育て当事者ではありません。でも、子どもを育てながら活動する俳優やスタッフと一緒に、15年間作品をつくってきました。今は演劇サークル「明後日の方向」(https://asattenohoukou.com/)の活動を通じて、だれでも続けられる演劇活動を模索中です。

失敗談は掃いて捨てるほどありますが、そのぶん学んだこともあると思います。

非当事者の方々にまず共有したいことは、そもそも何が大変なのかを知らないと、配慮もへったくれもない、ということです。当事者がいない中で話された配慮や対策は、机上の空論で終わってしまうことが多いでしょう。せっかくの善意が無駄になっては、当事者も非当事者も報われません。

だから私はこうお伝えします。

子育て中のあなたへ。あなたの主張が未来の現場を変える力になります。どうか遠慮せず「ワガママ」を言ってください。勇気がいるかもしれませんが、一人ひとりが「ワガママ」を言ったほうがいいのです。お互いの「ワガママ」が出揃って初めて、配慮すべきこと、我慢してもらうことについての対話がスタートできます。

では、なぜそう考えるに至ったのか、ご説明します。


「善意」は「配慮」ではない

善意の言葉に隠された「見えない壁」

子育て中の俳優でも参加できるプロダクションとは、どうしたらいいのか。例えば、超短期間の2週間でリハーサルから公演まで終わらせればいいのでは?
これが私の失敗の一つです。

「子どもに負担をかけながら、同居人・実家・義実家をフル稼働させて、どうにかこうにかやりきった」

当事者からはこういった感想をいただきました。自分では「配慮したつもり」でいたけれど、実際には負担が大きかったのだと理解しました。

「無理しなくてもいいよ」
「NG出しても大丈夫」

よく聞く言葉ですし、善意を感じますよね。でも、これで状況は改善されるでしょうか?

そもそも「無理をしなくていい」と言われても、他に選択肢がなければ「無理しない=参加できない」になってしまいます。あるいは、参加するためには無理をするか、恵まれた環境にいることが必須になってしまう。これでは配慮しているとは言えませんよね。

本当の配慮は、当事者が参加可能な仕組みをつくること。
そのためには、非当事者には見えない「想像の外側」にある苦労を知る必要があります。

たとえば、稽古時間の設定。
「稽古は夜間」が常識になっている業界もあります。
でも、子育て世代にとって、夜はピークタイムです。
「夕飯と寝かしつけ」の、どちらか一方でもタイミングを逃すと、翌日からの生活が崩れてしまうかもしれません。

それでも、早退するのは気が引けるし、自分のせいで現場が困ると罪悪感が残ってしまう。
そうした現実を、非当事者は「聞かなければ分からない」のです。

配慮するためには、想像力だけでは足りない。
聞くこと、知ること、そして一緒に話し合うこと。
それが、善意を配慮に、理想を現実に変える第一歩でした。