夏の日、下町のスタジオにて
安齋 里美
コラム

夏の日、下町のスタジオにて

安齋 里美

目次

企画説明

2026年8月9日に開催された「こえのば」。我々プラットフォームデザインlabが初めて行った対面イベントです。

同じ会場内で、大人は座談会、子どもは室内遊びで、一緒に過ごせるイベントを行いました。今回は3週に渡ってイベントレポートをお送りします。

安齋 里美さん独自の目線でイベントをご紹介いただきました。

「こえのば」オープン!!

江東区森下、下町の雰囲気がただよう静かな住宅地のシックなスタジオが、いつもと違う様子になっていた。

普段はダンスやパフォーマンス、演劇などに利用されている、黒・白・グレーの四角い空間。今日はそこに、大きな段ボールでできた家が建っている。壁と床にも段ボールが貼られていて、家の隣には、本やおもちゃがたくさん。奥にはテントまである。

真ん中のエリアには、模造紙貼りの柱と4つの座談会スペース。その向こうには、ブルーシートを壁と床に貼った2つのワークショップコーナーが見える。壁の鮮やかな青に、白く描かれたいろんな海のいきものたち。なんだか、お祭りの縁日のようだ。

正面にはライトでカラフルに「こえのば」と浮かんでいる。何よりもいつもと違うのは、空間が子どもたちの大騒ぎで満たされているところだ。とにかく自由に走り回って、楽しそうに声を上げている。休日のデパートの屋上や、天気のいい日の公園にいるみたいに。

あちこちの劇場で、子供向けの公演やバックステージツアーはよく企画されているけれど、子どもたちがスタジオでただ遊んでいる、こんな風景を見ることって、なじみ深いようで実は新鮮なのかも。そんなふうに思った。

「こえのば」は、普段オンラインで開催されている座談会をリアルで行うことを中心にしつつ、"大人も子どももごちゃまぜ"で交流を楽しめるように企画されたイベントだ。

「こえのわ」を広げる場所としての「こえのば」というわけで、大人は座談会に参加して交流を深め、その間、子どもは自由遊びスペースで遊んだり、ワークショップに参加したりできる。会場には常に見守りのスタッフがいて、一緒に遊びながら安全を確保してくれているので、大人は子どもに目が届くところで、ゆっくり座談会に参加できるようになっているのだ。

実際のところ、ちゃんと座談会をできるくらい、親御さんは集中できるのだろうか、とか、子どもたちが飽きて帰ろうと言い出したりしたら困っちゃうな、とか、それなりに思うところはあった。まあ、こういうイベントは、本番が明けてみないと分からない。

受付がオープンし、少しずつ来場者が増えるにつれ、会場の空気がゆる~く動き始めるのを眺めながら、のんびりと展開を見守ることにした。

主役はやっぱり子どもたちで、段ボールハウスに飛び込んでいく子、風船を持って走り回る子の元気な歓声をBGMに、お母さんから離れるのが嫌で泣き出してしまう子、マイペースに本棚の本を読みふける子、ワークショップスペースに置いてある材料を「何かやってる…」と遠目から眺めている子と、反応も様々だ。

子どもたちに迷いはなく、ただただ目の前にある遊びに夢中になっている。意外と、大人の方がもじもじしているくらいだ。座談会は4つのテーブルに分かれているので、自分の興味があるテーマのテーブルにお座りください、という案内に従って、少しずつ席が埋まっていく。午前の部は人数が少なめだったため、最終的にテーブルをまとめて自由に話してもらうことになった。

座談会スタート

11時になり、会場に全体アナウンスが流れて、座談会が始まった。

各テーブルにはファシリテーターがおり、司会進行と書記を兼ねた役割を果たしている。座談会、と言っても格式ばったものではなく、限りなくテーマに沿った雑談、という感じだ。

「演者からの視点」「スタッフからの視点」「子どもについて」「作品づくりについて」という大まかなジャンルと、カードに書かれた「子連れで稽古場に行くことについて」「仕事と育児の両立について」等の具体的な話題から、その場で参加者が話したいことをふくらませていくという流れで、自己紹介から会話が始まると、なんとなく、会場の空気が変わったように思った。

不思議と、少し静かになったような、きゅっと雰囲気が引き締まったような。気づくと、歓声を上げて走り回っていた子どもたちは、ワークショップスペースで手仕事に夢中になっているようだった。今思えば、会場のスタッフが上手く誘導していたのかもしれない。恐るべし。

参加者の性別・年代・バックグラウンドは多岐に渡り、いろんな視点や意見がすごい勢いで展開されていく。ときおり、ワークショップで作ったスライムやフラワーボトルを見せに来てくれる子どもたちに和んだりしながら、座談会は静かに熱く進んでいった。

正直、もっとわちゃごちゃな感じで、落ち着いて話をできないタイミングも多いんじゃないだろうか、とうっすら思っていたのだが、座談会は思っていた以上にきりっと「座談会」だった。だって、参加している人たちは皆、「表現者」なのだ。他の人の意見を聞くのも、自分の意見を述べるのも、それは楽しいに決まっている。

その上、テーマは自分が人生をかけるに値するものであると定めた「演劇」と「子ども」である(と私は感じたのですが、皆様いかがでしょうか)。盛り上がらないわけがないだろう。いいぞもっとやれ。……と、やくたいもないことを考えながら、会場の雰囲気が何かに似ているんだよな……と、ふと思い当たったのは、皆で海水浴に来た海辺の記憶だった。

遠くで子どもたちが元気に遊んでいて、それを優しく眺めながらパラソルの下や海の家で大人たちがのんびり、ビールなんか飲みながら話し込んでいる、あの感じ。久しぶりに集まった友達や親戚と、ちょっと真面目な話題で語り合ったりして、そうこうしているうちに、子どもたちが遊び疲れてひと休みしに帰ってきて……そんな満ち足りた記憶。そうか、皆この時間を、空間を楽しんでいるんだ、と、何とも言えない充足感を、そのとき感じたように思う。