夏の日、下町のスタジオにて
安齋 里美
目次
みんなでお昼休み
時刻は12時30分を回り、あっという間に午前の部が終了。ここから1時間、スタッフも含めた全員がお昼休みの時間に入るということで、会場の熱気がさらさらとほどけていく。
参加者は持参した昼食をテーブルで広げたり、スタジオの外に買い出しや外食に出たり、ゆっくりと過ごしている。スタッフも、せーので全員食事、というのがちょっと新鮮で、「普通の小屋入り中だと、交代でお昼休みだから誰かが働いているし、なんのかんのでバタバタ食べてすぐ戻っちゃうけど、今日は全員一緒だからなんだかゆっくりできるね」と話したりしていた。

そういえば、託児サービスの様子が気になってお昼休み前にそちらを覗きに行ってみたところ、意外とひっそりしていて、おや?と思ったのだった。聞くと、託児の予約はそれなりに入っていたのだが、いらした参加者が会場の様子を見て「これなら大丈夫そうなので、連れていきます」とキャンセルにしたケースが多かったのだそう。それはそれで、なんだかとても嬉しいことのような。
お昼中に再度覗きに行ったら、部屋が暗いのでまたまたおや??と思ったが、「お昼寝用に……」とのこと。なるほど、とても臨機応変。そして、何の気なしに会場を回っていたら、自由遊びスペースの壁に貼られた模造紙に、「好きな食べもの」「好きなどうぶつ」に並んで「なつやすみにパパはママになんかいおこられた?」と書いてあるのを発見。その下には0回から30回までの選択肢が書かれていて、いくつかマル印がついている。これは…興味深い……と、しみじみ眺めてしまった。最終的な結果がどうだったのかを確かめそびれてしまったので、記録が残っていたら、ぜひお聞きしたいところである。
座談会午後の部とワークショップなど
お昼休み後、午後からの参加者が加わって、また会場に活気が戻ってくる。座談会も全テーブルがフル人数になり、ファシリテーターも大忙しのため、ヘルプで書記に入らせていただいた。
授業や道具のデジタル化など、現代ならではの悩みから、受験のメリットデメリット、地方と都会の地域格差といったよく耳にする話題、そして舞台関係者特有の悩みまで、座談会のテーマは多岐に渡っていて、今の時代特有のスピード感と普遍的な願いや悩みを端々に感じさせられるものだった。
例えば、「子連れ稽古場」というテーマが出たときは、
「稽古場に限らず会社(=仕事場)に子どもを連れて行くのか?と考えてしまう」
「まず稽古場や会社に子どもを連れて行く、その道のりが大変(満員電車に乗るとか)」
「連れていっても、仕組みが整っていないと、そこでいちばん弱い立場の人に負担が行ってしまう」
「たぶん、子ども見たくない人もいるよね、と思ったりもするけど、今はそういう意見をハッキリ言えない雰囲気があるからかえって気まずくなりそう」
「空間に子どもがいることに対する大人のメンタリティが育っていない」
「日本はそこが始まったばかりなのかも」
「オフィシャルな場に子どもを連れていくことで自分の精神的負担を分担してもらえることもあるんじゃないか」
というような会話が行われていた。こうして抜粋しただけでも、舞台関係者あるあるから日本社会の枠組みの話まで、どんどん話題が広がっているのがお分かりいただけると思う。
たとえ話題が自分とは接点のない物事でも、「ナマ」であることの力は圧倒的だ。自分の耳で聞くと、薄い膜が取り払われたように話の内容が身近なこととして感じられる。経験していないことは理解できない、という小さな思い込みが、リアルな声を聞くことであっさり消えて、「そうか、そういうことなのか」と素直に腑に落ちるような気がするのだ。
子連れで稽古場に行くという経験をしたことはないけれど、そのために必要な労力や仕組みは、会話からなんとなく想像できる。この、「経験したことはないけど想像ができる」のと、「経験したことがないから理解できない」の違いは、かなり大きいものだと思う。
だから、自分が経験していない(できない)ことの話を聞くのは、ものすごく、ためになる。この企画に関わることがなければ、こういうお話を聞く機会は確実に無かっただろうな、と思う。もちろん、そういう機会が無くても困ることはないし、話を聞いただけですべてを理解できるということでもない。
でも自分にとっては、心底「このお話、聞けて良かったなあ」と思うことばかりだ。いつでも。

座談会終了後、フラワーボトルづくりのワークショップにも参加させていただいたのだが、あまりにもハマってしまってもはや仕事そっちのけ(…ではないです、この体験もレポートのうちなので)。
好きなドライフラワーをガラスボトルに詰めていく、いたってシンプルな作業なのだが、凝りだしてしまうとどうにも止まらない。向かいと隣で一緒に作っていたお嬢さんたちの作品が、めちゃクオリティ高い上にさくさくと瞬殺で完成するのを見て、はわ~…となっていたら、講師の方が「子どもさんは全然迷わないんですよね~。好きなものをばーんと入れていくから。年齢が上がっていくといろいろ考える子もいるんですけどね」と仰っていた。
うーん。深い……。
ちなみにお隣のスライムづくりワークショップは男の子に大人気で、真剣にスライムをまぜまぜしている様子がとても微笑ましかった。固まってくると意外に力いるよね、あれ。
フラワーボトルは最終的に4回もやり直して、なんとか気に入るものはできたのだが、今でも見るたびに「直したい…」と思っている。すご~く楽しかったです。
おわりに
イベントを終えて思うのは、「こういう場って、本当は別に珍しいものではないんだろうな」ということだった。いや、平凡だとか、目新しさがないだとか、そういう意味合いでは全然ないのだ。子どもがいて、大人がいて、それぞれが楽しいと思うことをしている。他人の力を借りて、自分も力を貸して、それが普通のことで。そういう場って、自分の幼い頃の記憶にも、大人になってからの記憶にも、それぞれいろんな形で残っているな、と。
ただ、今回特筆すべきことがあるとすれば、それは、ここがスタジオ空間の中だということなのかもしれない。今まで多くの時間を過ごした場所で、やってきたこととは全然違う過ごし方をしている。実はそれが、今回いちばん面白いポイントだったんじゃないだろうか。
少なくとも、こういう場所にいて海水浴に来てるみたいだと思ったことは、初めてだった。参加された皆様にとっても、今回のイベントがそんな幸せな記憶であって欲しいと、切に願っている。


