特殊だけど、特別だとは限らない――座談会のトピックからつなげる次の検索ワード
社会学者 髙橋かおり
目次
企画説明
2026年8月9日に開催された「こえのば」。我々プラットフォームデザインlabが初めて行った対面イベントです。
同じ会場内で、大人は座談会、子どもは室内遊びで、一緒に過ごせるイベントを行いました。3週に渡ってお送りしているイベントレポート第二弾。
社会学者の髙橋さんに当日の座談会を踏まえた内容のレポートをご寄稿いただきました。
※当日の会場の雰囲気についてはこちらを参照してください。
社会的な意義、とは。
「この会の社会的な意義をぜひ書いてほしい」
プラットフォームデザインlabの方からお声がけをいただき、当日私は記録として参加することになった。私は「アーティストの話を聞いて調査・研究を行う社会学者」として、様々な分野のアーティストの活動経歴や生活状況について話を聞いたり、芸術活動に伴走し記録をしたりして、論文や研究発表を行ってきた。確かに、生活と公演のバランスのとり方について論文を書いたこともある(プロフィール欄参照)。しかしそれは調査をしている最中で本来の目的とは別に出てきた副次的な要素であった。そんな私に、果たして社会的な意義を書けるのだろうか。
もちろん意義はある。「舞台と子育て」というトピックについて対面で話す場がある。この場所が設定され(しかもセゾン文化財団の助成を受けて!)、開催されることにはめちゃくちゃ意味がある。
ただ、めちゃくちゃ意味があるのは事実なのだが、意味がありすぎる。
ここには日本社会にある様々な問題が凝縮されている。
これが当日の座談会に耳を傾けながら感じたことである。個々人が抱えている問題の文脈の独自性が高く、困難の組み合わせも様々だった。議論を開いていく座談会なので様々なトピックや声が上がるのはいいことであるし、問題の共有そのものに価値がある。ただし、当日参加して、その次のステップについてもやもやしている方や、思ったより明快な解決策が得られなかったことに消化不良になっている方もいるかもしれない。
そこでこの記事では、会であがったトピックや話題をより考えられる「ほかの言葉」や「別のキーワード」を、「検索ワード」としていくつか紹介していくことにした。検索ワードが少し変わるだけで、検索エンジンの先に表示される情報はだいぶ変わる。「舞台と子育て」を「仕事と子育て」「生活と子育て」として読み替え、舞台業界の外へと、この会の議論をつなげていきたい。
「もう知ってるよ!」という情報や、検索したところで「そんなのできないよ」という事例も多く出てくるかもしれない。それでも、少しでも生かせる経験や文言はあるかもしれないと期待を込め、紹介していきたい。
なお、母親や父親という役割に固定せず場を設定していた「こえのば」の趣旨を尊重し、以下では性別やジェンダーの違いについてはあまり触れていない。この点はまた別の機会に考えていきたい。

キーワードあれこれ
〇子連れ旅公演
【研究者の事例からのヒント】「子連れ出張」「出張帯同 子ども」
子連れでの出張については、実際の体験談や手当や助成制度についていくつかの記事が出てくるだろう。「出張帯同 子ども」については、大学の研究者の例が多く出てくる。これらは招聘側や主催側に子どもの帯同や託児を相談する際に示す条件や文言の手がかりになるかもしれない。
〇子連れ稽古場
【企業の取り組みからヒント】→「企業内託児所 事例」
もちろん、企業と稽古場は構造が違うが、そもそも子どもをケアする場所を開設するにはどのくらいのものや人が必要か、という基準を知るヒントが得られよう。どこかで生かせる先例があるかもしれない。
〇時間の管理/生活のバランス
【フリーランスからのヒント】→「フリーランス 保育所」
俳優やスタッフの中には、フリーランスである人たちも多い。雇用者よりフリーランスのほうが保育所の入園選考で不利になりやすい、ということはよくいわれている。その場合、他業種の人たちの議論や取り組みの中にはいかせるものもあるかもしれない。また、使い勝手が悪い場合や、予約が困難な場合が多いのも現状だが、各自治体には様々なサービスがあるにはある。
【別のケアからのヒント】「介護 子育て 共通点」
子育ても介護もともにケアの実践である。質的な違いもあるものの、ある家族のケアを別の家族がするという点では、共通している。また、介護と子育てのダブルケアになる場合もある。介護の議論から、子育てと生活を考えるヒントがあるかもしれない。
【専門用語からのヒント】「ワンオペ育児」「タイムバインド」
舞台にかかわると、物理的に家で過ごせる時間が限られる。それは本人だけではなく、配偶者やパートナーが舞台にかかわっている場合でも同様である。時間の捻出が難しい、やるべきことが多く体力が持たない、などの声は、「ワンオペ育児」という言葉で検索すると数多く出てくる状況と重なるところが大きい。エッセイやルポだけではなく、研究論文もあり、多角的に議論がされて、その一部は政策や制度に反映されている。
社会学者の藤田結子は、自身もワンオペ育児を経験する中で、同じく家事と育児を一手に担いながら働いている女性たちにこそ、自らの状況を「わかってほしい」という思いで書籍のサブタイトルにその語を入れ、『ワンオペ育児』(毎日新聞出版・2017)という書籍を出版している【注1】。座談会の中で「社会もっと頑張れ」という言葉がキーワードとして出ていたが、育児と時間の問題は舞台業界だけではなく、社会全体の課題である。ただし、時間と場所の制約が強く、雇用や契約が流動的な舞台業界では、より厳しい形で問題が表れやすいのが現状である。
なお、「ワンオペ育児」と似たような状況を議論した本に『タイムバインド』(ちくま学芸文庫・2022)がある。「タイムバインド」は限られた時間の中ですべきことに板挟みになる様子を示した語である。1990年代のアメリカの研究だが、今日にも通じるものが多い。著者のアリエル・R・ホックシールドは、対面サービスにおいて人々が心までも管理するようになる状況を指して「感情労働」と呼んだり、トランプ政権下でのアメリカの分断を現地に入って調査したりするなどなど、いまなお精力的な活動をしている研究者である。
私がいたのは前半だけだったので、後半の座談会の議論については追いきれてないところがあるのはご容赦いただきたい。

特別ではなく、特殊なものとして
当日の座談会をふまえた上で、あえて最後に、この記事を読んだ(当事者かどうかを問わず)「舞台と子育て」に関心がある方に私なりの考えをお伝えしたい。
この記事を読んでいる方々は、舞台での活動や観劇をとても大切にしていて、それが生活や人生において欠かせないものになっている(いた)人たちが多いだろう。そんな人たちにとって舞台は素晴らしいもので、演劇やダンスはよいもので、できれば子どもたちにもその良さを知ってほしい、だから触れてほしい、仕事を見てほしい、と思う人たちも多くいるだろう。「演劇や舞台はよいもの」と子に理解してほしいことは、単に親の仕事を理解してほしい以上の意味を持っているかもしれない。
しかしである。
演劇や舞台がその子にとってよいものかどうかは、その子次第である。触れる機会があるからといってその子が舞台や演劇を好きになるかは本人の意思である。舞台や演劇の特別さを前提にしてしまうとうまくいかないことは、他の家族や周囲の人たちなど、舞台や演劇から縁遠い人たちを説得するときにも起こりえることである。
そんなとき、特別さではなく、特殊さから話を始めるというやり方もある。そしてこの特殊さは、どこかでもう議論されているかもしれない。
仕事として考えるならば、なぜ職場で長時間拘束されるのか(リモートワークができない)、なぜ夜遅くや休日の仕事がメインになるのか(シフト制・夜間・休日勤務)、なぜ急な変更に対応できないのか(替えが効かない)、就業証明がなぜ難しいのか(プロジェクトごとの契約)。そして家族の生活として考えるならば、なぜ家族間の繁忙期が重なると生活が破綻するのか、なぜ周囲の助けを求めにくいのか、なぜ子どもと一緒にその場を楽しめないのか。
これらの個々の疑問は、現代社会の働き方や生活の特殊さゆえの困難でもある。組み合わせや程度は異なるものの、それぞれの疑問や困難について、別の場所で悩み考えている人たちは世界のどこかにいる。この記事の検索ワードが、そういう人たちの言葉や経験にたどり着くための糸となれば、幸いである。
舞台も子育ても、今は当事者ではない私にその困難を十分に実感することは難しい。でも、わからないからこそ、それをわかろうと考え続け、伝えることを、私は続けていきたい。
【注】
1 HUFFPOST 「「ワンオペ育児」の現状、社会学者が分析したら…? 共働きも専業主婦もつらい、本当の理由」(2026年9月24日確認)
https://www.huffingtonpost.jp/2017/08/02/one-operation-childcare-yuiko-fujita_n_17662442.html

