産後7ヶ月 現場に戻った演出家の記録

こんにちは。早坂彩です。演劇の演出家をしています。

トレモロという演劇団体の代表をしています。

2026年3月現在、まもなくトレモロ本公演『コリオレーナス』の本番を迎えます。

昨年6月に出産し、現在9ヶ月になる男の子を育てながらの創作の日々を送ってきました。

9ヶ月というと、我が子は色々なところにつかまって立ってみたり、ハイハイで動いてみたり、どうやら本人的には言いたいことがあるようで、一生懸命喃語をしゃべったりして、意思表示をしています。

本日は、公演の企画制作段階から本番直前まで、どんな日々を過ごしてきたか、書いていけたらと思います。

私の場合、子どもが生まれることがわかったのと、復帰公演となる本公演の公募(ロームシアター京都×京都芸術センター U35創造支援プログラム‟KIPPU”)に選出されたのがほぼ同時期でした。そのため、当公演の本番に照準を合わせて比較的長い時間(約1年半)をかけて、上演に向けて準備してきました。

私は3年ほど前に生活拠点を関西に移し、比較的規模の大きい公演へは長らく拠点としていた東京からも俳優やスタッフを招き、関西の俳優と東京の俳優の協働で創作を行う形態を採っています。ちなみに今回の公演は出演者13名、一部出演者は滞在制作ありの劇団としては最大規模の上演で、子育て関係なく、綿密な計画が必要な興行でした。

上演に向けた準備として、子どもに関しては、稽古時間中に子どものお世話をしてもらう環境作りに努めました。創作に関しては、オーディションを出産前の早い時期に開催したり、オンラインでのプレ稽古を実施したり、余裕を持った進行を心がけました。

産後は初めての子どもとの生活の中で、自分の創作脳をいかに維持するかということも考えていました。今思うとオンラインでの活動から、少しずつ演劇活動に復帰できたのは良かったかもしれません。6年続けているZoomで戯曲研究会(オンラインで開催するシェイクスピア戯曲の本読み会)を早期に再開したほか、次回上演に関連するオンライン稽古会を実施して、俳優陣とコミュニケーションをとると共に自分の創作脳のコンディションを確かめていきました。

子どもが幼く自宅に引きこもらざるをえない日々に、オンラインで戯曲を読み、参加してくださった皆さんと時間を共にできたことは大変励みになりました。

1月。産後7ヶ月頃、稽古が始まりました。

特に関西の演劇界では、夜稽古が中心だと聞きます。私の周囲には、子育てをしている出演者やスタッフもそれなりにいたため、以前から、日中の稽古、夜稽古を組み合わせて実施していました。

今回の公演の稽古時間は、11:00〜18:00もしくは13:00〜20:00を中心としました。稽古後にスタッフと打ち合わせが入ること、稽古前後の移動時間、産後7ヶ月でもまだまだ回復しない体力も考えると妥当な設定だったかと思います。

往復の移動時間が3時間かかったため、稽古開始当初は体力的に心配なところもありましたが、思い切って指定席車両をとって電車内で集中して作業したり、移動中にしっかり休憩したり、結果的に良い時間の使い方を見つけることができました。

子どものお世話のためには、やはり夜にはできるだけ家に帰っていられて良かったです。帰宅後には、子どもに夜の離乳食を食べてもらって、翌日の稽古予定を考える、というルーティーンが整ってきました。

幸いにして、今公演の稽古〜本番期間は、夫・息子・子どもの世話をしてくださった皆様のお力で週5〜6、稽古場に通い、集中することができました。

しかし、毎回こういうわけにはいかないと思っています。今回はこの公演に合わせて数ヶ月前から準備してきたこと、自分の団体で、ある程度自分が計画を引ける立場にあったことから、なんとか叶ったと言えます。

最近、「生きている間に、あといくつ演劇を作れるのだろうか」と考えることがあります。一つひとつの作品をより大事に、一緒に作りたい人たちと、作品を作れる環境作りをしていきたいと思っています。

少なくとも、特に団体運営において、とにかく自分が手を動かして、物事を前に進めている現在の体制は脱さなくてはいけないとも思っています。

現在、その体制を完全には脱しきれていないなかで、出演者・スタッフの大きな力を借りながら、今公演の幕を開けるべく準備が進められていること、チームの多くの方に感謝して、今日も劇場に行きたいと思います。

子どもの成長というのは、本当に早くて、家に帰ってにこにこする姿や、Web会議で話す人に興味津々な姿や、通し稽古の動画内で大きな声を出す人を見て「なんだろう」となっている姿はかわいいものです。おかげで根を詰めずに創作期間を過ごせたところもありました。

母親若葉マークの私ですので、今後もこえのわさんの記事を通じて様々なこえを聞いて、自分なりの歩み方を考えていきたいと思います。

「こえのわ」2025年活動オンライン報告会!

日時

2026年3月21日(土)10:30~12:00

会場

オンライン(zoom開催)

内容

2025年オープンメディアサイト「こえのわ」のオープンにあたり、プラットフォームデザインlabメンバーによるオンライン報告会。運営メンバー側のサイト設立までのプロセスや、記事作成や座談会参加してくれた方々、サイト利用者の方々の意見やフィードバックを受けながら今後の企画やサイトデザインを考える。

  
  <第一部>プラットフォームデザインlabメンバーによる報告(30分程度)

 <第二部>執筆者及びアンケートによるテーマについて意見交換会(60分程度)

※第二部は聴講のみの参加でも構いません。

対象

子育て×舞台芸術及び文化芸術について考えたい方、メディアサイト「こえのわ」活動に興味のある方。
※画面オフ、聴講のみの参加も可能です。

参加人数

20名程度を予定。

参加費

無料

参加申込

下記応募フォームより必要事項を記入の上お申し込みください。(〆切3月20日18時)https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeWPvbWrOSo37U9N0RIsiefFdYQPc2hyWBeSHHx_twRCmPysg/viewform

ベイビーシアターワークショップ「影絵ワンダーランド」

0歳からのお子さまと家族で楽しめる!
ベイビーシアター(乳幼児のための舞台芸術)と演劇あそびのワークショップです。
泣いたり、動いたり、さわったり――自由に遊んで大丈夫!
演劇を通して、親子で「はじめての舞台体験」を一緒に楽しみましょう。

開催日程


2026年4月6日(月)
①10:30~/②14:30~
※受付、開場は各回20分前

会場

サンハート(横浜市旭区民文化センター) ホール

対象

0〜3歳のお子さまとご家族
※ごきょうだいの参加も大歓迎!

参加費


親子:1,500円(こども追加:200円/おとな追加:500円)

予約フォーム


https://forms.gle/JFzpiQ87eYvWA4Lm9

ご案内


・ベビースペース(授乳スペース、ミルク用のお湯、オムツ替えスペースなど)ご用意しています。

ワークショップ詳細URL


https://tmblr.co/Z1a-Fjiyx4P58u01

主催:くロひげ
協力:横浜市旭区民文化センター サンハート

円盤に乗る派 新作公演「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」

 

演劇プロジェクト〈円盤に乗る派〉は3月、吉祥寺シアターにて、

3年ぶりの新作公演を上演いたします。

開催概要

円盤に乗る派 2026年新作公演

『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』

会期 2026年3月12日(木)~15日(日)

会場 吉祥寺シアター

絶望、分断、戦争の時代を前に、われわれの「たましい」と「業(ごう)」をめぐる物語が再生される……虚ろに

円盤に乗る派の新作『「いまのところまだ存在しているわたしのたましいが……」』では、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』を「たましい」と「業(ごう)」をめぐる近未来の物語として変奏する。世界観の背景にあるのは資本主義と排外主義、そしてその結実としての戦争だ。絶望の時代の空気を通奏低音のように響かせながら、その中でも誰かのたましいと繋がることの可能性を問いかける。

『トリスタンとイゾルデ』はケルト民話をルーツとしているが、現代の目にはその物語はいびつで、奇妙なものに映る。ワーグナーが芸術の根拠と見ていた「民衆」の存在などはもはや信じることもできない。しかしその奇異な物語は、独特なありかたで我々に印象を残す。それはあたかも現代のメディア環境に散逸した、目的も文脈も不明なデータの残骸(誰かの撮ったどこかの写真、目的もわからなくなった音源や画像、失敗によって生まれてしまった数秒の映像……)が持つ不気味な懐かしさに似ている。ここには正しさも善悪もなく、何かしらの感情を動員しようという意図も、承認を得たいという欲求も欠いている。物語は虚ろに語られてこそ現代において再生されるだろう。この時代では何が語られようとも、そこには絶望の影がある。決して埋まらない分断があり、不条理としか言えない戦争がある。他者に声は届かない。虚ろな物語はしかしこの環境の中で確かに再生され、孤高の存在論を示すだろう。

▶︎ 円盤に乗る派WEBサイト 公演ページ:https://noruha.net/tamashii/

戯曲・演出:カゲヤマ気象台*

出演:畠山峻*(PEOPLE太)、日和下駄*、深澤しほ、横田僚平、渡邊まな実

音楽:灰街令

映像・アートワーク:ミヤオウ

舞台美術:佐々木文美

照明:吉田一弥(DEZAR inc.)

音響:櫻内憧海(お布団)

衣装:永瀬泰生(隣屋)

舞台監督:中西隆雄

フライヤーデザイン:村尾雄太

記録写真:濱田晋

ウォッチャー:渋木すず*

演出助手:山本ジャスティン伊等(Dr. Holiday Laboratory)

制作:加藤七穂、円盤に乗る派

広報:中條玲

*=円盤に乗る派プロジェクトチーム

日時

3月12日(木)19:00

3月13日(金)14:00/♨︎

3月14日(土)14:00★/19:00

3月15日(日)14:00

受付開始:開演の45分前 開場:開演の30分前

★託児サービスあり(要事前申込)

♨︎乗る派クラブ開催

料金

全席自由(整理番号付き)・税込

一般:4,000円

U29:3,500円

18歳以下:無料(枚数限定・要事前申込)

アルテ友の会会員:3,500円

当日券:+500円(一般・U29のみ取り扱い)

※未就学児入場不可。

※U29・18歳以下チケットは、円盤に乗る派でのみ取り扱い。入場時に年齢を確認できるものをご提示ください。

※アルテ友の会会員チケットは、武蔵野文化生涯学習事業団でのみ取り扱い。(前売のみ)

※車いす利用の方、補助犬同伴の方はチケット購入前に円盤に乗る派までお問い合わせください。

チケット取り扱い

Tel:0422-54-2011 (9:00~22:00)

Web:https://yyk1.ka-ruku.com/musashino-s/sameShowList?en=459

託児サービス

3月14日(土)14:00の回は、託児サービスを実施いたします。

ご利用の方は以下フォームより詳細をご確認の上、事前にお申込みください。

お申込み:https://forms.gle/8eZ7Abvfki44emri6

申込締切:3月7日(土)23:59まで

俳優×夫婦の育児の幕間

ポッドキャストを夫婦ではじめたきっかけ

中村 プラットフォームデザインlabの中村です。
私がお二人のポッドキャストを聴いていて、是非お話を聞きたいと思ってお声がけさせていただきました。改めまして、お二人の自己紹介をお願いします。

 榊菜津美です。「アマヤドリ」という劇団(現在は活動休止中)に所属しています。劇団などでの舞台出演以外にも広告を中心とした映像での活動もしています。よろしくお願いします。

秋本 秋本雄基です。 僕も「アナログスイッチ」という劇団に所属してます。妻と同じように、舞台と広告を中心に活動しています。ときどき家族みんなで広告に出たりもしています。

中村 ありがとうございます。早速なのです今回ポッドキャスト「育児の幕間」をやろうと思ったきっかけを伺えますか?

 これは、言い出したのが実は雄基さんで。

秋本 そうなんです。最初は俳優活動の一環としてポッドキャストを始めようとしていたんです。始めるにあたって何について話そうかなと考えていたときに、二人とも劇団に所属している俳優夫婦が交互に舞台に出演しながら子供を育てている今の状況を話したら面白いんじゃないかなと思ったのが最初のきっかけです。菜津美さんに相談したら「いいじゃん」と言ってくれて。そこからすぐ、本当にすぐだよね。

 そうだね、わりと二つ返事だったね。でもポッドキャストをやりたいとか、二人で何かしたいみたいなことを具体的に考えていたわけじゃないんです。ただ実は私も育児や家族について話したいことがいっぱいあるんだけど、それをなかなか話す機会がないなと感じていて。そういう話って、聞かれてもないのに喋ることじゃないし、自慢っぽくなるのは嫌じゃないですか。デリケートなことだから。本音で話す場所ってあんまりないなと思っていたので、ポッドキャストの相談を受けたときに、夫である雄基さんとだったら本音で話せるからすごくいいなと。すぐに「やろう!」という感じでした。

「育児の幕間~俳優夫婦の子育て~」

あの頃、最高の演出家だったあかちゃんと。ー演劇と子育てが混ざり合った先にー

トップ画Photo:haruhiro sako

娘が3ヶ月のこと

「演劇と子育て」というテーマでコラムを書かせていただくことになった。このテーマで真っ先に思い浮かんだのは、うちの娘がまだ生まれて3ヶ月だった頃の、創作の最中の稽古場だ。

ちょぽちょぽ・・・と、ただ目の前で水がボウルからから別のボウルへと注がれる・・・。たったそれだけのありふれた光景に、当時まだ床に寝そべって寝返りさえできない娘は、首をぐるんと動かして、興奮の様子で手足をばたつかせて水の動きを目で追っていた・・・。

「おぉーこれこそベイビーシアターだ!!」と、私は興奮したことを今でも鮮明に覚えている。

自分が子どもを持つことになる前、もっと言うと「俳優であるが故に子どもを持つことを諦めていた」頃から、私は「ベイビーシアター」の活動を始めた。ベイビーシアターとは、欧州で30年ほど前に始まった、0歳〜未就学児を対象とした舞台芸術の一分野である。背景には子どもの権利条約の制定があり、子どもの文化権へ関心が集まり、最も小さな観客への舞台芸術づくりの機運が高まったことがある。日本でも20年ほど前に、親子が集う広場としての性格も併せ持つ舞台芸術への関心や需要があり、ベイビーシアターの源流となるような動きが生まれた。

私は、10年ほど前、現代演劇の俳優として活動していた頃から持ち続けていた関心やテーマを、誰と深めて行けばいいか探していた。その果てに「あかちゃん」という存在に出会い、勇気を出してベイビーシアターを始めてみて、そうしてあっという間に魅了されてしまった。あかちゃんに。演劇の観客として劇場に来て、全身全霊でその場に没入し、虚構の世界の全てを自分のものにしてしまうあかちゃんの眼差しと、惜しげもなく放たれる眩いばかりの生命力に。

そうして、どうしてもあかちゃんと共に生きてみたくなって、幸運にも願いが叶って私のところに来てくれた娘が3ヶ月の頃。冒頭の水との思い出である。

ただの水道水の流れに対するあかちゃんの反応を稽古場で一緒に見ていた俳優たちが「すっごく見てるね・・・」「おもしろい」と、一様に驚きの声をあげたことを覚えている。赤ちゃんが水に反応するというのは、ベイビーシアター公演の経験で知っていたけど、我が子の反応の良さは親である私も驚いた。それからの3年間ほどは、ほとんどすべての稽古場に娘がおり、彼女の反応を見ながらベイビーシアター作品を創作した。

稽古場にあかちゃんがいるということはベイビーシアターにおいて「恵み」そのものだった。

あかちゃんの反応全てが勉強になった。

例えば・・・たまに何の前触れもなく俳優の演技に泣くことがあれば、「今のはなぜ泣いたのか」「何が不快だったのか」と俳優たちと謎解きが始まる。

また別の時には、新しい小道具のアイディアを試してみたり・・・大人から見ればただの梱包材(プチプチロール)なのだが、それが動くことへの反応がこちらの予想を遥かに超えておもしろいのだと気づくことがあれば、あかちゃんと一緒に寝転がってみて味わった。

このように、創作現場があかちゃんにとって潤うこともあれば、逆に子育て中のアーティストにとっていいこともあった。同じ創作現場の俳優の中で3人のお子さんを持つ俳優、つまり先輩ママがいて、抱っこの仕方を教えてもらったのだ。それも産院や子育て支援センターで教わる、いわゆる普通の抱っこの仕方ではない。あかちゃんの呼吸を感じて、その呼吸にあわせて抱っこするという仕方だ。これはなかなかパフォーミングアーツの現場ならではないだろうか。先輩ママ俳優の指導の元、私も、他の俳優たちもみなで私の娘の呼吸を感じながら抱っこした。今思い出しても良い時間だった。

このように、ベイビーシアターではあかちゃんが創作現場にいることが作品にとって良い風に働くという点は、小さなお子さんを子育て中のアーティストにとって良い環境だと思う。

一方で、現実的な問題もある。稽古場に自分の子どもがいると、やれ授乳だ、やれお昼寝だ・・・と、なかなか親である俳優は集中できない。娘が3ヶ月頃の先の現場では、もう一人私の娘と同じ月齢のあかちゃんを持つ俳優がいて、彼女もまたよく稽古場にあかちゃんを連れてきてくれた。

2人もあかちゃんがいたので、これは誰かあかちゃんのことを気に掛けてくれる人手が必要だ、しかも創作には関わっていない人・・・誰か来てくれないか?と、身近な知り合いの何人かに助っ人を頼んだ。予算が限られている中でなかなかプロのシッターを呼ぶことは難しい。芸術に理解があり、且つあかちゃんをケアしてくれて、あわよくば稽古でやっていることと無関係にその場にいるのではなく、あかちゃんと稽古場を繋いでほしい(せっかくベイビーシアターの創作をしているのだから)・・・。なんと欲張りなオーダーであろうか。だがしかし、この時からの「助っ人探し」が後に私の劇団・BEBERICAのベイビーシアターの最も大切な要素と言っても過言ではない、専門スタッフ「観劇サポーター」へと繋がっていく。

子育てのスキマで、趣味でアーティスト・イン・レジデンスを運営してます

自己紹介

はじめまして、滋賀県大津市にてアーティスト・プラットフォーム「芸術準備室ハイセン」を運営している神谷と申します。
本業は会社員で製造業しつつ、妻と3歳になる娘と暮らしています。
今回はこえのわさんからコラムの執筆依頼を頂き、「舞台芸術も育児もにわか勢すぎるんだが……」と内心ビビっています。サイト内の記事にも目を通し、みなさん真面目に悩み真面目に励んでいる姿に涙しつつ「ワシ特に悩みらしい悩みないんだがマジ何を書けばええねん……」とさらに頭を抱えています。
ええいままよ、と、とりあえず何も考えずに文章を書き始めている次第です。

さて、簡単に自分語りをします。
・京都に住んでいた大学生時代、大学の演劇部や小劇場活動に参加しすぎて就活せず単位も落として中退
・ひょんなことからSPACー静岡県舞台芸術センターという粋な県立劇団兼劇場に拾ってもらい、創作・技術部演出部班に所属して国内外様々なクリエーションに参加させてもらう。しかし腰が爆発(術後は良好です)
・退職してボンヤリしてたら交流のあった他の劇場やスタッフさんから仕事をいただき気づけばフリーランスっぽくなる(もちろんSPACとも期間契約した)
・滋賀県大津市に元保養所の建物を見つけ、改装すれば稽古場・作業場・アーティスト・イン・レジデンスとかできるんじゃね? と思い立ち、勢いで契約して移住してハイセンを始めてみる
・新型コロナウイルスの流行で仕事がなくなるのと、全国各地で仕事しているとハイセンの管理が滞るのと、収入やスケジュールが不安定なのもあり、決断して転職する。一般企業には残業代やボーナスという概念があることを知る
・しばらくして娘誕生。かわいいー! やったー!
……と、まあテキトーに生きています。

芸術準備室ハイセンの詳細についてはホームページなどを見ていただけたら嬉しいのですが、よそのアーティスト・イン・レジデンスのように地域貢献とか人材交流とかプログラム成果発表などの目的があるわけでなく、ただ制約を感じているアーティストがのびのび創作できればいいなということで施設と備品を貸し出しているようなものです。任意料金制(利用者が使用料金を決める)や審査や抽選なしの予約先着順にしているのもそういう理由で、自称滑り止めアーティスト・イン・レジデンスとして城崎国際アートセンターにも売り込んでいます。みなさん、ぜひ活用してください!!!(宣伝)

趣味でアーティスト・イン・レンジデンスやってます!

このように会社員しつつ育児もありの中で施設の運営管理をしてると周りから「大変ですよね~」と言われるのですが、これが不思議なくらいしんどいと思ったことがありません。
というかそもそもハイセンを始めるときに「無理になったらやめよ~♪」と自分の中に決めておいたのもあり気負うことなくやっています。そして趣味みたいなものだし自分がいかにしんどくならないかを考えて実行してきました。

まずハイセンのスタート時には妻と二人で建物に居住しつつ改装作業もしつつアーティストを受け入れてサポートもしていました。基本的に創作も生活も利用者が全部負担してハイセンは施設提供するくらいだよという感じですが、なんやかんやで深夜1時から始まる美術チェックの補助だの早朝の木材受取だの晩酌してたら照明のシュートに呼び出されたりだの野外公演で開演キューから終演までの進行丸投げされたりだの、プライベートの大半がクリエーションに深く関わることになっていました。
なんだかんだアーティストの創作過程に関われることは楽しいですが、これは物理的距離を置かないとなあ、ということで数駅離れた地域の一軒家を購入して引っ越し(しばらくして妻が妊娠と出産)、必要なときだけハイセンに出向くようになりました。

基本的にハイセンは無人営業です。利用者とは事前にメールで段取りし、キーボックスの中の鍵で入室してもらます。使った後は掃除片付け、書類記入と料金支払を済ませてもらい退出してもらいます。
僕がハイセンに行くのは初回利用者との挨拶、利用と利用の間の片付けチェックと受け入れ準備、アーティストと現場でしかできない相談やお手伝い、見学案内や取材、草刈りや建物のメンテ作業、焚き火くらいなのです。
じゃあそれらをいつやるのか? 仕事終わりか休日です。
会社は平日8時17時と決まって残業もあまりなく(あっても事前に計画予告される)、土日は確実に休みです。家事育児も妻と半々くらいで割り振っています。
しかし土日は妻の仕事シフトが多いため自分が子守当番、確実に娘をハイセンに連れて行くことになります。ですが支障を感じることはなく、娘はスタジオで走り回るか養生テープを転がすか、一緒にシーツやタオルを畳んでくれることもあります。二代目として文句なしです!(受け継ぐか知らんけど)

月一くらいでは1日完全にフリーになりますので、そのときに大掛かりな作業をします。もちろん自分以外にも手伝ってくれる運営メンバーがいますので彼らにも頼りまくっています。

ちなみにハイセン利用者には子連れで来る方がたまにいらっしゃいますが特にNGはなく、クリエーションもけっこうなんとかなっています(他の施設はダメな場合が多いらしい)。

育児のスキマ時間でできることをしています

自分はいつか育児をしたいと思っていましたし、妻も同じ意思を確認して結婚しました。
拘束時間の長い舞台業をしている方には「育児が始まれば仕事に影響が……」と不安になる方も多いと思いますが、自分は逆に「こんな仕事してたら育児に影響が出る!!!」と思っていました。
もちろん育児しながらスケジュール調整して俳優・スタッフをされている方もいますし、劇場楽屋で子どもの相手を座組メンバーで代わる代わるしていたこともよくある光景でした。要は育児の外部委託をどうにかできれば可能な話です。
しかしながら、諸先輩は仕事ばかりで育児に関わらなさすぎて離婚したりだの、子どもに存在を忘れられるだの、恐ろしいエピソードもチラホラと。
親子のコミュニケーション時間ってのはできる限り削りたくないと焦りました。与えたオモチャはすぐに飽きられますが、一緒になにかしたことは覚えていなくても残っているようです。

舞台芸術の環境から離れてしまう怖さってのはあると思います。
しかし僕の場合、目的と手段を整理していくと、別に面白い作品と出会えるのなら自分が作り手である必要はないと思うようになりました。現場で働くスタッフでなくても、もっと土台となるような活動でアーティストを支援できるのだと。というか二十代のうちにあれだけ濃密な時間を過ごせたのならもう十分幸せだと思いますし、これから最前線で頑張る若手や再チャレンジを考える社会人アーティストを支えていきたいです。
それと相反して育児は簡単にやめられない。やめたら子ども死にます。であればやはり生活の中心軸はこちらになります。もちろん育児にすべて捧げるという意味ではなく、むしろ子どもを生かすためにはまず自分自身しっかり生きねばと強く思います。
とりあえず数年から十数年はこっちに集中しとこう、くらいの感覚です。
コロナは悪いこともいっぱいありましたが、自分にとってはある意味リセットするチャンスにもなりました。これは諦めでなくポジティブな方向転換です。

人生のボーナスタイムを考える

余談なんですが、先日NHKの番組を見ていたら人間の生物学的寿命は本来38歳だとする説が出てきました。
「自分あと4年で死ぬの!?」とかなり衝撃を受けました。しかし歴史上人間の平均寿命が40歳以下であり、ここ最近がむしろ異常なほど長生きしているという事実は否定できません。
そりゃ昔は自身が大人になればさっさと出産育児も済ませておくわけだなあと。寿命から逆算すれば全然子育て以外の余裕がないわけで。

現在は安定した社会や抗老化の充実で育児以外の時間がいっぱいできました。逆にそこから生まれる選択肢の多さがまた多くの悩みを生み、資本主義が加速して同時に多くのことをノルマのように達成させようとする余裕の無さを感じます。豊かで自由な先進国が、逆に男女共々未婚や晩婚化など少子化を招くというのも皮肉な話です。それはそれで人類の緩やかな末路かもしれません。
……なんだか暗い話になってしまいましたが、長寿ってのはめちゃくちゃいいことですよ! さらに言うと健康寿命(元気に動ける期間)ってのも伸びてますので、人生は可能性だらけです。100歳でも現役バリバリが当たり前になるかもしれません(年金なくなりそうだけど)。
大事なのは他者と比較するような幸福度合いでは達成感と持続性が薄いので、いかに自分の内心で充実具合を高められるかということだと思います。
若いときに舞台袖でカーテンコールの拍手喝采を浴びた瞬間も、穏やかな天気の中で娘の小さな手を繋いで散歩する日常も、思い返せば素晴らしい人生だったなと振り返ることができます。育児が終われば今度は何をしようかともワクワクできます。また舞台スタッフに挑戦するか、自主企画を立ち上げるか、ハイセンの事業拡大をするか、本をいっぱい読むか、羊飼いになるか……。

さてさて、いい加減そろそろこの文章もまとめねばなりません。えーどうしよう。
舞台芸術と育児は両立するのかという大きなテーマがありますが、僕は両立しないと答えます。
これは舞台芸術以外どの仕事もそうだと思いますが、特に創作現場は流動的でスケジュールの見通しが立たないことが多いです。お金は頑張ればある程度増えますが、1日の時間は増えません。それでも子どもの都合は予測不可能、どっちもパーフェクトには行きません。両立はしないけど、それでも自身のベストを尽くして納得することはできる。
むしろ僕は舞台監督的思考が染み付いているので、目標さえ絞って設定できれば後はいかに制約をクリアして達成するかが楽しむポイントだと思います。クリア後にはボーナスタイムだってあります。

そしてまだまだ創作活動を続けたい人も、一度離れたけどまた再開したい人も、もしお金や場所についてお悩みでしたら一度芸術準備室ハイセンに来てみてください。琵琶湖でも眺めながらリラックスして、できることから手を動かせるはずです。
もう希望しかないので、人生エンジョイしましょう!

子育ての渦中で見る、夢。

私は、演劇ガチ勢だと自認している。

劇団短距離男道ミサイルという、今はもうないが、振り返ると創作環境にマッチョイズムが行き交う劇団に所属していた。

仙台という地方都市で活動を続けているが、かつてあったこの土地の演劇環境が緩やかに下降しているのを見つめながら、

先達たちに利益の持ち逃げをしているような、そんな恨めしい目線を送っていたこともある。

バイトを優先しようものなら「なぜだ?作品を作る時間を最優先にしない?」と思っていたし、

恥ずかしい話だけど、子育てで演劇から距離を置く人を見ては、悔しい気持ちを抱いていた。

なんなら、「脱落していってる」と思い込んでいた。

そんな私が、2025年12月現在、1歳7ヶ月の息子を育てている。

子育ての渦中で、気づいたことがいくつかあるので、書いておこうと思う。

注意力の限界と、集中力の蒸発

まとめてしまうと、注意力の限界みたいなものを感じるようになった。

集中して仕事できる環境が、だいぶん減った。

娯楽などに回せる資本(お金、時間)も、大きく減った。

朝、子どもを抱いて朝ごはんを作り、食べさせ、自分の準備を奥さんと交換しながら進める。

保育所に迎えにいくのが、17:00〜17:30。そこから、目の離せない時間が始まる。

すぐ危ないもの、汚いもの(ボールペン、爪楊枝、お玉、ハエ叩きなどなど)を見つけ出しては手にして、危なげにふらふら歩き回る。目が離せない。

頭が大きくて、危ない感じで倒れることがあるので、子どもの挙動と、躓きそうな段差などから、またもや目を離せない。

生活リズムが崩れると、夜眠らなかったり、眠いのに眠れず泣き喚いたりする。

だから、子どもに注意を払いながら、限られた時間の中で家事をこなさないといけない。

自分の時間は、奥さんが子どもをお風呂に入れてる時間か、トイレにこもれる時間か、子どもが寝た後の時間。

合わせても一日合計1時間あるかないか。

夜更かしを増やして自分の時間を増やすと、子どもの夜泣きがひどいとき、翌日が地獄になる。

集中力を使う作業が多いせいか、日中と夜半、基本ぼんやりしてることが多くなった。

何かに集中できない時間が確実に増えた。

これが子育てか。

なるほど、これが、子育てか。

みんな、演劇を離れていく理由が、ちょっとわかってきた。

正直、意思疎通が取れ始めた最近までは、「可愛い」よりも、「ちょっとしんどい(いや嘘、しんどすぎる)」気持ちの方が強かった。

でも最近、「諦める」ことで生活が楽になるってことに、ものすごく気付かされた。

そうか、夜泣きは終わらない前提ですごそう。

自分のしたいことは、後回しにしよう。

前の日常には、多分、戻らない。

手放すことで見えてきたもの

ここまで書くとネガティブな話ばかりになってしまったけど、

「諦める」「手放す」ことから、見えてくるものもあった。

これだけの状況を、乗り越えて、多くの子どもたちは育っているのか、と、

密やかな感動を内包した愕然に、日々気付かされる。

子どもたち、そしてその期間を経て成長した大人たちを見る目が、

非常に強いリスペクトを帯びるようになった。

息子の変化と、自分の変化

限られた時間の中で、見切りをつける速度が上がった。

日々できることが増え、気がつくと大きくなっていく息子の後ろ姿を見つつ、

成長するものを日々眺めていくというのは、とても豊かな時間だなぁ、と実感する。

息子、ものによっては、一人で食べられるようになった。

嫌いなものを吐き出す前に、口に入れないでイヤイヤと首を振るようになった。

夜、眠れる時間が少し増えてきた。

いきたい方向やしたいことを、やわらかな謎の言葉で伝えてくれるようになっている。

なかなかアンパンマンが言えないが、「ぱんぱんまん」と、リズムが小気味よい。

ひしっと柔らかく抱きしめてくれる喜びをくれる。

日常に追われてはいるが、その中の喜びを、時々このように言葉にしていこうと思う。

ちょっとした夢

そして、ちょっとした夢ができた。

子育てが一段落し、お子さんが小学校高学年に差し掛かったあたりから、演劇に戻ってくる先輩たちが増えてきた。

自分にも、その時期がきっとくるはずだ。

せっかくだから、そういった人たちが、カムバックしやすく、子育てに苦労した分、メリットが多い環境を整えていきたいと思う。

例えば、

・親子で参加しやすい創作環境

・託児可能な稽古場、劇場

・日中の無理のない稽古

・子どもが熱を出したりしてもすぐ対応できる、俳優のアンダー制度の強化

夢みたいな環境を考えることで、幾分救われるような気分になる。

いろんなことを夢想しつつ、連携を組んで、実現可能なことを自分の周辺から始めていきたいと考えてはいる。

が、ひとまずは、手元に溜まった大量のタスクを、一つひとつ片付けていこうと思う。

手元の瓦礫のように散らばり重なったタスクの向こうに、

朧げでもいいから、輝かしく楽しい未来を眺めていきたいものだし、

それらタスクが気がつくと、誰かのためのマイルストーンになっているように、生きていこう。

ではみなさま、

お互いの日常という戦場を、楽しく、そして厳しく乗り越えた先で、笑顔でお会いしましょう。

すごいぞ、お母さん。すげえぜ、お父さん。



※劇団短距離男道ミサイル
2024年5月に「MICHInoX」に改称https://www.michinox.com

子育て×演劇×医者

私は一児の母であり舞台人であり医者です。振り返る中で決して褒められた選択ばかりではありませんが、私の場合の「子育て×演劇×医者」について、記したいと思います。

妊娠とスケジューリング

演劇の公演は、一年以上前から助成金や劇場ラインナップが決まります。そのため、いつ妊娠し出産前後の活動をどのようにハンドリングするのかは、かなり難易度の高いスケジューリングとなります。また、妊娠のタイミングを計ることは非常に難しく、必ずしも望む時期に妊娠できるとは限りません。

そこで私は、妊娠するタイミングを A・B・C の3パターンに分け、それぞれの場合に出産前後でどのように活動をハンドリングするかを Excel で表にまとめました。
妊活を開始する月を決め、3パターンいずれでも実施可能なスケジュールで一年先の助成金申請・劇場予約を行い、そのうえで妊活をスタートしました。第一希望スケジュールのAパターンで妊娠し、妊娠中にも演劇活動を実施します。

妊娠中

「ひとよひとよに呱々の声」公演写真

「ひとよひとよに呱々の声」という作品のツアーを行いました。本作品は女性の妊娠や出産に纏わる物語です。「妊娠中絶の是非を問う」という生命倫理が主題です。2020年に初演しましたが、妊娠した自分の母体でもう一度戯曲と向き合いたいと思い妊娠中にツアーを敢行しました。90分の二人芝居で非常に体力が必要な作品であり、今これを書きながら、この活動は全く褒められたことではないと自認しておりますが、かなり身体に負担があった公演でした。想定していたよりも腹囲が大きくなり、千穐楽では衣装の腹回りが千切れました。また胎児が大きくなるのに伴い、肺が圧排され一回換気量(一回の呼吸運動で肺に入る空気の量)が減少し、台詞を言い切るための空気の量に変化が生じました。作品はブラッシュアップされ強度を増しましたが、今振り返れば、自分で計画したにも関わらずリスクの高いことをしていたと反省しています。

 また、当時はフルタイムの勤務医であり急性期単科精神病院で勤務していました。日中は多忙な医師として仕事をし退勤後に稽古。有給休暇でツアー公演をしました。6階建ての病院でしたが、体力作りのためにエレベーターを使わずに階段で病棟に上がっていたのを覚えています。また、患者数も症状も重い方々ばかりで、精神科専攻医であったことから、専門医試験の要綱的に多くの症例数を揃えなければなりませんでした。おまけに『産休に入る前までに』というタイムリミットもあったため、とにかく沢山の患者を受け持たねばならないというプレッシャーもありました。

子育て×演劇×医者

出産後、育児の忙しさに直面し、これまでの働き方では子育てと演劇と医者を両立できないと判断しました。当時の職場は非常に忙しく休暇も取りづらかったため、今後への演劇活動の限界を迎えることは明白でした。そこで、子育てしやすい義実家のある広島への転居を決め、転職活動に全力を注ぎました。舞台芸術は時間も労力も圧倒的なコストがかかります。演劇を続けられるか否かは才能ではありません。「続けられる環境を自ら掴み取るかどうか」に尽きます。私は、子育て×演劇×医者 を勝ち取るために、この転職が命であると確信し、環境を獲得することに全力を注ぎました。結果、週4勤務で定時で帰宅できる職場を見つけ、いざとなれば義実家に子どもを預けることも可能な立地を獲得しました。お陰で、出産後も精力的な演劇活動を実行できています。

家事の按分

日常の家事はすべて夫が担当しています。料理、掃除、洗濯、ゴミ出し、全部です。私は結婚にあたり家事を100%担う配偶者を求めていました。私は住民票上も世帯主であり、夫と子どもを扶養しています。

家庭とは

子どもが生まれてから、家庭とは会社運営のようなものだと感じるようになりました。私は自社で演劇事業を運営するときに主催者として最も気を付けていることがあります。それは「いつ」「誰が」「何を」するのか、スケジュール管理し責任の線引きを明確化することです。同様のことが家庭運営にも共通すると思っています。つまり配偶者は共同経営者であり、スケジュール管理と責任の線引きをすることで家庭は安定して回ります。

夫も俳優であるため、稽古期間は片方が子どもをみることになります。長期間の稽古を要する作品を受ける場合は必ず共同経営者から言質を取り、創作の期間を確認します。また、宿泊を伴う仕事を受ける際も同様です。

年間の大まかな稽古スケジュールを共有し、その後、日単位でのスケジュールを共有アプリ※でシェアし、「いつ」「誰が」「何の」予定があるのかを見える化します。そうした上で、家庭内業務を具体的に細分化して割り振ることができます。どちらが保育園の送迎をするか、車のチャイルドシートの乗せ替えるタイミングはいつか、ご飯は何を準備して食べるか…など。事前に打ち合わせをして一日を乗り切ることもあります。配偶者と衝突する場合は、ほとんどの場合「その予定があるとは知らなかった」「これをやってくれるものだと思っていた」など、スケジュール管理と責任の線引きが明らかになっていない場合がほとんどです。

育児は労働であり、家庭は会社であり、配偶者は共同経営者だと認識することが大事なのかもしれません。


※スケジュール共有アプリ
https://timetreeapp.com/intl/ja