PANCETTA 「KIDS LAB」の『ヘンゼルとグレーテル』
【前編】名前を呼び合うことから始まる、ゼロからの舞台づくり
特集

PANCETTA 「KIDS LAB」の『ヘンゼルとグレーテル』-前編-

【前編】名前を呼び合うことから始まる、ゼロからの舞台づくり

撮影:市川唯人

取材会場:北とぴあ(東京・北区)

※2026年8月取材

▼はじめに

「PANCETTA(パンチェッタ)」は、2013年に設立された、一宮周平さんによるパフォーマンスユニット。「生きることを、面白がる」をテーマに、劇場に限らない様々な場で創作を重ねています。その活動のひとつに実験的な展開をする「PANCETTA LAB」があり、なかでも子どもたちと舞台をつくる「KIDS LAB」は2024年にスタートしました。


そして2026年の夏は、北区・北とぴあを会場に、小学3年生から6年生が参加する「KIDS LAB」と、中学1年生から19歳が参加する「TEENS LAB」を同時開催。題材となったのは、『ヘンゼルとグレーテル』。7日間の稽古を経て、最終日にはKIDSとTEENSが発表をしました。

しかしこの試み、台本もなく、大人が仕切るわけでもなく、すべては子どもたちとコミュニケーションをとりながらつくっていく、というもの。はたしてどのように舞台は作られていったのでしょうか?

ここではその「KIDS LAB」の発表を、最終日のリハーサルと本番を見た筆者の記録と、主宰の一宮さんのお話を交えてお届けします。まず前半では、その稽古の基本となった「名前呼び」と、舞台づくりにおける一宮さんの考えについて。

開催前のインタビュー記事もご覧ください。

(取材・文:大澤景)


リハーサルで見た、子どもたちの「名前呼び」

北とぴあの、高い階にあるスタジオ。

まだ昼前の舞台上では、子どもと少しの大人とが20人くらいで輪をつくっている。

「イッチー!」

イッチーこと一宮さんが、おもむろに手を挙げる。

イッチーはつづけて対角線にいるハルオの方を見る。

あるタイミングで、「ハルオ!!」そう呼びかける。

「ハルオ!」

ハルオが、自分を指差す。次は、ユリを見る。

また何かのタイミングを待って、「ユリ!!!」

そうやって、名前を呼び合っていく。子どもたちにとってはだだっ広い舞台は、だんだんと熱を帯びていって、一つの行き来だけだった流れが複数になって、名前を届けあう。輪は途切れて、みんな回遊するように歩いたり、走ったりしながら、呼び合い続ける。

「ヘンゼル!」「グレーテル!!」という声もそのうち混じってきた。

そのうち周囲のスタッフや関係者、取材のため客席にいた私も巻き込まれる。

こちらの目を真っ直ぐに見て声をあげるイッチー。

「え、えっと、ケイ」と私は何だかもたついてしまった。

続けるうちに声は、だんだん小さくなってきて「消えてるよー」という声も行き交う。たしかに場がしょんぼりしてきた。イッチーが「じゃ、窓からみえる一番大きいものを呼んでみようか」といって、外の高い塔にむかって「オーイ!!」と声をあげさせていく。そのうちに声が高まる。

そうして、徐々に場の熱は高まってひと段落して、ようやく芝居の場面のようなものがはじまっていく。これは、リハーサルの時間だったのだけど、一体どういう場だったんだろう? 馴染みのない自分としては全てが新鮮で、実はこれが一番印象に残っている。

「不安でいい」から始まる場づくり

「これさえ上手くいけばいい。そう思っているふしはありますね」

振り返りのオンラインインタビューで、一宮さんはそう話した。

一宮 パンチェッタでは定番の「名前呼び」です。どこかの現場でやったシアターゲームが原型だと思うんですが、はっきり覚えてないんですよね。呼び方も決めてません。「ワーク」などというと効果があるみたいに見えるから、そういう言い方もしないようにしています。

小学校の夏休みの7日間。ほとんど初対面の子どもたちは毎日、稽古場に通って、一宮さんや、PANCETTAの舞台に特徴的な劇伴音楽家たちと練習と場面づくりを繰り返した。

その最終日であり、午後の本番をひかえた午前中の1時間半が、先ほどのリハーサルだった。名前呼びのあとに行った稽古も時間切れになって、森をさまようヘンゼルとグレーテルの前に「お菓子の家」が出現するくらいで終わったのだった。

一宮 「ちゃんと完成させよう」と考え出すと、すぐに大人みたいな思考で「こなそう」になっちゃいます。その途端、目の前にいる人の気配を感じることや、その場で起きることへの想像力が働かなくなってしまう。その人それぞれの生な面白さがなくなります。

それは生々しい人の魅力を、舞台上に活かすことといったらいいのだろうか。だからこの試みでは、台本や事前の決め事はないのだという。そこで一宮さんが強調するのは、「上手くやること」は決して考えないこと、そして「不安でいい」ということ。

一宮 台本がないと、不安かもしれないですよね。人はすぐ決まり事にすがりたくなるもの。「台本通りにセリフを言えたらOK」と。だけど本来、生きていても不安なことだらけだから不安でいいじゃん、と考えています。

まず、その不安をお互いに認め合える場にしたい。「思いやりを持つこと」とも言えるかもしれませんが、身を委ね合える場に。その手始めに、名前呼びをしっかりやる。それが大前提で、「上手にやる」は一切、考えないようにしたいんです。

この取り組みでは、そうやって醸成される場自体が、KIDS LABの主役のひとつだと言ってもいいのかもしれない。「イッチー」がやるのは「窓の外に声をあげてみよう」といったように、たまに風を入れて、場の火を大きくしていく手助けをするくらい。そして場が仕上がっていくのを待つこと。慌てずゆっくりやっていい、という空気を保つこと。

それはKIDS LABにおいて一貫したスタンスで、「ほっとくために自制する。自分の理想めいたものに目を向けない」というところも多いのだという。とくに子どもの場合は、その内面は一様に判断できるものではないし、ディレクションのようになっていくとすぐ、「作品」をつくろうとしてしまうのが常だから。

台本も配役もない『ヘンゼルとグレーテル』をゼロからつくる

とはいえ、これは芝居であり「公演」として日時も決められている。こんな作り方で本番はどうなるのか? と気になる方も多いかもしれない。私も実際気になったから、聞いてみた。

一宮 台本はないんです。応募いただいた方には、できたら何らかのかたちで『ヘンゼルとグレーテル』に触れてきてほしいと伝えていましたが、全く知らなかったという子も。だから、知っている子たちに物語を話してもらって、あらすじのベースにしました。

リハーサルでも、いくつかの場面が演じられていた。それもたとえば、子どもをどうしようか、森に連れてって帰れないようにしてやろう、と話し合う父と母の場面では3、4人ずつのお父さんとお母さんが話し合っていて、残りの5、6人の子たちが地面に寝ているといった感じ。役もそんなに決まってないのだろうか。

一宮 配役という概念自体をやめて「みんなで作る」ということをしています。最初のシーンであれば、みんなに「お父さんで歩いてみて」「次はお母さんで歩いてみて」といった投げかけをしていきます。すると、お母さんはなんか威張ったような感じで胸を張って歩いたり、お父さんは妙にペコペコしたりして……身体で表現してみたりして。みんなが面白いと思った方向を採用していきながら、徐々に物語のかたちになっていきます。

そうやって、お父さん、お母さん、ヘンゼル、グレーテル、迷い込む森の木や、落とされたパンを食べる鳥たち、お菓子の家や、魔女、魔女の家のかまど……。みんなで大きな物語を語っていくように、場面ごとに何人もの子たちが話をして、身体を動かし、場面を表現していく。性別や、体格や年齢で役割はしぜんに決まっていたように見えた。

一宮 お菓子の家は最初は小道具で作ろうとしていたけど「ただの家じゃん」って声があがって、組体操みたいになりましたね。そうやって話し合いながら、その場その場で演出がされていく。名前呼びみたいにゲームをしていくことも多くて、そのなかで生まれることもありました。

ヘンゼルとグレーテルが、森に石やパンくずを置いていくシーンをつくってるときに、ダジャレみたいに「バレーてる!」って、ひとりの子が言い出して(笑)。みんなが盛り上がったから「じゃあバレーテルを本番でもやろう」となりました。お父さんに連れられて、子どもたちはパンくずを落としながら森を歩いていくんですけど、周りの子は、パンくず落とすところを見つけたら「バレーてる!」って言うんです。そういうゲームみたいに。

そんなふうに、できるだけ前もって決めず、いうなれば全てが実験のように劇はつくられていった。

現場にいるのは、一宮さん以外の大人の存在も大きい。パンチェッタの舞台を特徴づける、シーンに合わせて演奏をするミュージシャンたちや、現場のサポーターたち、照明や記録係、宣伝担当のスタッフたちも常に見守っていたという。

7日間の練習のとき、毎日メンバーから親御さん向けに配信されていた「日記」からもすこし引用してみよう。

「『悪い人』と思われているお母さんについて、本当に生まれながらの悪人なのか? と背景を深堀りしていく時間は、本来存在しない物語の人物について『でもさ』『でもさ』と白熱して議論する姿が、とても眩しかったです」

(PR担当 Chika/2日目の日記から抜粋)

「目をつむった鬼たちにバレないように静かに歩くゲームをしたり、魔女に気づかれないようにだるまさんがころんだをしたり。『捕まった子は食べられちゃうのが怖いから叫ばないと』『子どもたちを閉じ込めておく用の牢屋を用意しないと』みたいな面白いアイデアもたくさん出てきます。いろんなパターンを試し、魔女役の子の名演技によってみんなが焼かれたところで今日は時間が来てしまいました」

(サポーター どっふぃー/4日目の日記から抜粋)

後編に続く