ダンサーとして、覚悟の出産
私は、ダンサーとしてダンスカンパニーに所属し、公演に出演する他、バレエやダンスの講師を不定期で行ったり、制作として企画を立ち上げたりしています。
カンパニーに所属しているといっても、給料などが定期的に出るわけではなく、プロジェクトごとに報酬が発生するので、企画ごとに声がかかるか、声がかからなければ出演ではなく別の形でプロジェクトに関わるためにこちらから手を挙げるか、といった状況です。そんな中、私はダンサーとして引退の可能性も考えつつ、年齢的にも妊娠・出産することを決断し、2023年に第一子を出産しました。
妊娠中、自分の身体が出産後にどうなっているのか全く想像がつきませんでした。日々のトレーニングで保っていた身体の感覚は完全にバランスを崩し、創作現場でしか得ることのできないヒリヒリしたものを身体は忘れていき、それらを取り返すためには膨大な時間と気力がかかるという事実は前向きな思考を全て停止させました。そもそも子育てをしながら活動を続けている女性ダンサーをあまり知らなかったし、私自身が子育てをしながら復帰できるイメージも湧いていませんでした。復帰するということは、ただひたすら、「自分」でなんとかしなきゃいけないことだと思っていました。
自分(達)でなんとかしなきゃ
第一子を出産して、5ヶ月くらいでダンサーとしての活動を再開することができました。それが実現できたのは、夫(ダンサー・振付家)が私のリハーサル・本番の期間に仕事を入れず、育児をメインで担当してくれたことが大きくあります。
娘が1歳になる前に母乳もやめて完全ミルク育児に切り替え、夫だけでなく姉や実家や一児預け施設などをフル活用し、リハーサルと本番に参加していました。このことについて、実母や義母からも小言をもらいながら、世間からもどう思われているのか気にしながら・・・
先輩ママが「力技」と言っていた意味を噛み締めながら、なんとかやりくりすることができました。
結果的に、このタイミングでの復帰は強制的に体と向き合う時間を作ることができ、100%までとはいえませんが、舞台に立てるところまでなんとかこぎつけることができました。
ただ、家計としての収入の減少や、託児料やベビーシッターの料金などが補填されないなど、舞台復帰による代償も私たちにのしかかりました。
個人的な問題をどのように周りに共有していくか
上記の私たちのように、舞台芸術と育児を両立するために発生する問題は個人(夫婦)の問題として考えてしまいがちですが、それを周りに共有することはできるのか、それはどうしたらいいのか、考えてみようと思うようになりました。
私自身、育児をする「当事者」になるまでは、育児をしている方が直面している問題に気づくことも共感することもできていませんでした。
私が子育てとは無縁だった2018年頃、自身が制作を担当している育成事業の参加者に、お子さん(当時小学4年生くらい)をお持ちの方がいました。
ある日、その方から「講座の日程でどうしても子どもの預け先を見つけられなかったので、講座当日に子どもを連れて行きたい。講座の時間に子どもを見ていてほしい。」と依頼がありました。
その依頼に対して、人員を一人確保し対応をしましたが、正直「迷惑だな」と感じている自分が少なからずいたように記憶しています。
「当事者」となった今、振り返ると、なんてひどいことを思っていたんだろう、もっと寛容な対応ができたのではないか。と猛烈に反省しています。
個人的な問題だと思っていることを他人に共有することは「助けてください!」と言える勇気と「迷惑だ」と思われても気にしない鈍感さが必要になってきます。
また、「その問題を個人の問題とは思わないで、問題に周りの人も巻き込んでいく(巻き込んでもいい)」という思考にマインドセットする必要があるのではないでしょうか。
変化するカンパニーのあり方
現在、カンパニーには私を含めて子どもをもつダンサーも増えてきていることもあり、カンパニー内でも育児と舞台活動の両立についての話題が上がるようになってきました。
主宰自ら私たちの状況を聞き取り、面談の機会を設けてくれることはとてもありがたいことですし、大きな変化だと思っています。
助成金申請時や企画の初期段階から、育児をする出演者やスタッフの意見を聞き取り、スケジュールや金銭的な負担を減らす話し合いができる環境ができつつあります。
もちろん、それぞれの持つ状況や抱える問題は全く違い、一括ですぐに解決ができることではないのですが、擦り合わせを繰り返し、それぞれがダンスと舞台に関わるあり方を実現できたらと思っています。
最後に・・・「マザリング」という言葉を知って
妊娠する直前に「マザリング-現代の母なる場所-」中村佑子著(集英社)※という本に出会いました。
『「マザリング」とは、オックスフォード現代英英辞典によれば、「the act of caring for and protecting children or other people」つまり「子どもやその他の人々をケアし守る行為」という意味である。「マザリング」は性別を超えて、ケアが必要な存在を守り育てるもの、生得的に女性でないものや自然をも指すという。』(引用)
妊娠・出産はいとも簡単に私を社会から切り離し、社会とのつながりを保つことへの難しさを感じさせました。しかし、この本によって私は「母」になった自分を孤立させることなく、「マザリング」を行う一人の人間として、社会の中に存在できる思考に切り替えることができました。
私はこの「マザリング」という言葉に立ち返ることからしか、社会も私自身も舞台芸術と育児の在り方について話すことができないのではないかと感じています。
私は、ダンサーと制作者の立場から、子育てを行うアーティストが抱える問題を共有できる環境を作っていきたいと思っています。
第二子妊娠中の今、このような文章を書く機会をいただき、言語化できていなかったことやこれからのことを改めて考える時間をいただけたことに感謝いたします。
トップ画像写真:©️塚本倫子






