今、私がなにがしんどいかの話
照明家 小林愛子
おもわず「もう、誰かに『無理だから諦めなよ』って言ってほしい」という言葉が口からこぼれた。
来年の仕事のオファーが来ていて、とても嬉しい。でもちょうど仕事がつまっている時期で、受けたらいっぱいいっぱいになることが想定される。その仕事を受けて我が家は乗り切れるのか、もう本当にわからなくて、
「頼れる親が近くにいないか、配偶者に18時〜22時の子どものケアを一切合切任せることができない人は、もう舞台の仕事は諦めるしかないんだよ」って言ってもらえたらいっそ楽かもしれないと思って
悩みすぎて、そんな言葉をひとりごちた。
舞台照明の仕事をしながら、2025年現在小学校1年生の母をしている。
子どもが産まれて早7年。妊娠中も入れると8年近く。
ずっと、若い頃の自分が思い描いていた照明家の姿とは違う形で照明の仕事をしている。
私の実家は新幹線の距離、夫の実家もいろいろあって頼れない中、会社員の夫となんとか娘を育てている。
会社員の夫は在宅勤務は原則不可で平日はだいたい22時過ぎ、遅ければ終電で帰宅するので、平日は基本的に私のワンオペ。
私が照明と出会ったのは15歳の時。高校で演劇部に入って照明に出会って以来、今思えば盲目的に、舞台照明を仕事としてやってきた。
拙いながらもがむしゃらに必死に、
照明家であることが自らのレーゾンデートルであることを証明するかのように、走り回っていた。
私は照明、特に演劇畑の照明デザイナー。
現場によるが、
劇場入りまでの何日かは、事前準備で寝る間も惜しんで作業を続け、
劇場に入ってから初日までの数日間、設営とリハーサルのため9時から22時まで劇場で働き詰める。
家と劇場の移動の時間を惜しんで、劇場の近くに宿泊し、ホテルでもデータの打ち込みをすることもあった。
ほんと、よく働いていた。
自分の現場のプランの作業やオペ以外にも、人の仕込みやバラシに行き、オペをする。
さらには空いた時間にはいろいろな公演もよく見に行っていたなあ。
そんな生活が、
子どもが産まれてガラリと変わった。
もちろん、子どもをもつにあたり、生活を変えなければいけないと思ってなかったわけでなくて。
いろいろな人に相談したり、働き方の相談をして、お願いをして、工夫をして、子育てと照明の業務を両立している。
0歳の時はなかなか働けもしなかったが
1歳になって保育園に行くようになり、仕事に使える自分の時間は少しずつ増えた。
でも平日は基本17時までしか働けないし、
土日だって自由は聞かない。
年間何本かある自分のプラン現場の初日が明けるまで数日間だけを、
事前に準備してなんとか夜まで働けるように手配する。
年齢ごとにそれぞれ様々な困難はある。
ただいつだって事前に準備できることはまだよいのだ。
なにがしんどいってやっぱり突発的な出来事に対する対応が、舞台側にも子育て側にもついて回るのがもうどうしようもない。
子育てに突発的なことが多いのはなんとなく想像がついてくれるだろうか。
子どもの体調不良はもとより、母が家にいる時に仕事ばかりすると子は不機嫌になる。
それをなだめ、抱きしめ、なんとか仕事に戻る。
母の不在が続くと出かける時や帰ってきた時、泣いて抗議する。
劇場入り直前直後、切羽詰まっている中、そこに自分のリソースを割ける余裕はないのに。
そして、舞台側も劇場入りの直前直後に突発的な出来事はよく勃発する。
いろいろお金をかけたりお願いをしたりして、1か月以上前に決定している「この日だけ夜まで働きたいです」は、まあ、なんとかできる。
が、稽古の進行に沿った稽古スケジュールの中、通しのできる日がそんなに前から決まっていることばかりではない。決まっていた通しの日程が急にずれることもあるし、
17時までに稽古場を出たいとお願いしていた日の通しが、いろいろあって開始を遅らせたいとか。
予定していない急遽の予定変更に対応ができない。
通しの後にすぐに帰ってしまうから打ち合わせができない。
私以外の人は夜が良いのに、私が夜無理だから通しを昼にやってもらうとか。もうほんと、酷い話だなって思う。
あるいは本当はもっと稽古に行って、通しをもっと見て、ディスカッションを重ねたいのに、
夜稽古が多くて私が稽古場にいけない。とか。
仕込み、場当たりに当たるだいたい2〜3日は9時〜22時で現場にいられるように手配するのだが、娘の状況や気持ちも慮ってギリギリいける、というラインで予定を組むもんだから、ゲネを見たら初日を見ないで帰ることも多い。
オペレーションはお願いしているので、現場は回る。
が、本当はデザインをしている私は初日を見て、必要に応じて修正を重ねた方がよい。
なんなら本当は自分でオペだってしたい。
そういう
「本当はこうしたいのにできていない。」
という小さなストレスが積み重なって心を圧迫してくる。
やむを得ず稽古場や劇場に子どもを連れて行ったことも1度や2度ではなくて、
その時は周りからどう思われているか考える余裕はないけど、
手を貸してくれる人の手間や、危険なんかを考えたら
連れて行かないで済んだ方がそりゃいいと思っている。
17時までしかいられないという条件で行った仕込みの増員で
全体の進行が押して、17時までにフォーカスが終わらなくて、
私がいたらちゃんとやれることがあるのに時間だからって帰る時に
何も感じないわけがない。
お迎えだからごめんっていってどうしようもなく帰るのだけど。

