あの頃、最高の演出家だったあかちゃんと。ー演劇と子育てが混ざり合った先にー
BEBERICA theatre company代表、演出家/弓井 茉那
トップ画Photo:haruhiro sako
娘が3ヶ月のこと
「演劇と子育て」というテーマでコラムを書かせていただくことになった。このテーマで真っ先に思い浮かんだのは、うちの娘がまだ生まれて3ヶ月だった頃の、創作の最中の稽古場だ。
ちょぽちょぽ・・・と、ただ目の前で水がボウルからから別のボウルへと注がれる・・・。たったそれだけのありふれた光景に、当時まだ床に寝そべって寝返りさえできない娘は、首をぐるんと動かして、興奮の様子で手足をばたつかせて水の動きを目で追っていた・・・。
「おぉーこれこそベイビーシアターだ!!」と、私は興奮したことを今でも鮮明に覚えている。
自分が子どもを持つことになる前、もっと言うと「俳優であるが故に子どもを持つことを諦めていた」頃から、私は「ベイビーシアター」の活動を始めた。ベイビーシアターとは、欧州で30年ほど前に始まった、0歳〜未就学児を対象とした舞台芸術の一分野である。背景には子どもの権利条約の制定があり、子どもの文化権へ関心が集まり、最も小さな観客への舞台芸術づくりの機運が高まったことがある。日本でも20年ほど前に、親子が集う広場としての性格も併せ持つ舞台芸術への関心や需要があり、ベイビーシアターの源流となるような動きが生まれた。
私は、10年ほど前、現代演劇の俳優として活動していた頃から持ち続けていた関心やテーマを、誰と深めて行けばいいか探していた。その果てに「あかちゃん」という存在に出会い、勇気を出してベイビーシアターを始めてみて、そうしてあっという間に魅了されてしまった。あかちゃんに。演劇の観客として劇場に来て、全身全霊でその場に没入し、虚構の世界の全てを自分のものにしてしまうあかちゃんの眼差しと、惜しげもなく放たれる眩いばかりの生命力に。
そうして、どうしてもあかちゃんと共に生きてみたくなって、幸運にも願いが叶って私のところに来てくれた娘が3ヶ月の頃。冒頭の水との思い出である。
ただの水道水の流れに対するあかちゃんの反応を稽古場で一緒に見ていた俳優たちが「すっごく見てるね・・・」「おもしろい」と、一様に驚きの声をあげたことを覚えている。赤ちゃんが水に反応するというのは、ベイビーシアター公演の経験で知っていたけど、我が子の反応の良さは親である私も驚いた。それからの3年間ほどは、ほとんどすべての稽古場に娘がおり、彼女の反応を見ながらベイビーシアター作品を創作した。
稽古場にあかちゃんがいるということはベイビーシアターにおいて「恵み」そのものだった。
あかちゃんの反応全てが勉強になった。
例えば・・・たまに何の前触れもなく俳優の演技に泣くことがあれば、「今のはなぜ泣いたのか」「何が不快だったのか」と俳優たちと謎解きが始まる。
また別の時には、新しい小道具のアイディアを試してみたり・・・大人から見ればただの梱包材(プチプチロール)なのだが、それが動くことへの反応がこちらの予想を遥かに超えておもしろいのだと気づくことがあれば、あかちゃんと一緒に寝転がってみて味わった。
このように、創作現場があかちゃんにとって潤うこともあれば、逆に子育て中のアーティストにとっていいこともあった。同じ創作現場の俳優の中で3人のお子さんを持つ俳優、つまり先輩ママがいて、抱っこの仕方を教えてもらったのだ。それも産院や子育て支援センターで教わる、いわゆる普通の抱っこの仕方ではない。あかちゃんの呼吸を感じて、その呼吸にあわせて抱っこするという仕方だ。これはなかなかパフォーミングアーツの現場ならではないだろうか。先輩ママ俳優の指導の元、私も、他の俳優たちもみなで私の娘の呼吸を感じながら抱っこした。今思い出しても良い時間だった。
このように、ベイビーシアターではあかちゃんが創作現場にいることが作品にとって良い風に働くという点は、小さなお子さんを子育て中のアーティストにとって良い環境だと思う。
一方で、現実的な問題もある。稽古場に自分の子どもがいると、やれ授乳だ、やれお昼寝だ・・・と、なかなか親である俳優は集中できない。娘が3ヶ月頃の先の現場では、もう一人私の娘と同じ月齢のあかちゃんを持つ俳優がいて、彼女もまたよく稽古場にあかちゃんを連れてきてくれた。
2人もあかちゃんがいたので、これは誰かあかちゃんのことを気に掛けてくれる人手が必要だ、しかも創作には関わっていない人・・・誰か来てくれないか?と、身近な知り合いの何人かに助っ人を頼んだ。予算が限られている中でなかなかプロのシッターを呼ぶことは難しい。芸術に理解があり、且つあかちゃんをケアしてくれて、あわよくば稽古でやっていることと無関係にその場にいるのではなく、あかちゃんと稽古場を繋いでほしい(せっかくベイビーシアターの創作をしているのだから)・・・。なんと欲張りなオーダーであろうか。だがしかし、この時からの「助っ人探し」が後に私の劇団・BEBERICAのベイビーシアターの最も大切な要素と言っても過言ではない、専門スタッフ「観劇サポーター」へと繋がっていく。

